下校 七歳の一人歩き

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 四時になっても香奈は帰ってこなかった。  遅い。  朝と違い下校は各々で帰ってくる。  途中で遊んでいるのだろうか?  迎えに行くべきだろか。  鍵を持たせていないから、行き違っては困る。  四時半  康子は行き違いを恐れて出遅れてしまっていた。  やはり迎えに行くべきだった。  小学校の校区は南北に長かった。  南に住む子と北に住む子ではなかなか一緒に遊べない。  したがって学校側の配慮から校庭で遊んでから帰ることが許されていた。  もしかしたら香奈は新しい友達と遊んでいるのかもしれない。  康子は思いきって家を離れることした。  自転車に跨がり通学路をこぐ。  途中、下校中の子供らに会う。  集団で帰る子  一人で帰る子  案外独りぼっちも多い。  香奈もきっと同じ。  独りは香奈だけじゃない。  康子は同じ境遇の子に安心を見いだした。    校門を出たところで、持ち主のいないランドセルを持った子供たちがぞろぞろと歩いて来るのが見えた。  昔ながらの赤いランドセル──  あれ香奈の?  靖子は自転車を降りると子供たちに話しかけた。 「そのランドセル香奈のだよね?」  子供たちはバツが悪そうだ。 「カナは?」  娘の姿はなかった。 「おばちゃん。かなちゃんランドセル置きっぱで帰っちゃった」  親友だった子が言う。  だが、今は違う。 「ねぇあなたたちが取り上げたんじじゃないの?」  靖子は頭から決めつけた。 「違うよ」とマヤちゃんが言う。「遊んでいたら突然走っていっちゃった」  それだけじゃ分からない。 「どこで何をして遊んでいたの?」  口調が厳しくなる。 「鉄棒のとこで一リン」  一リンとは一輪車のことだ。  香奈は鉄棒も一輪車もできない。  香奈がランドセルだけを置いて帰るとは考えにくいし、何か理由があるはずだ。 「あなたたちが仲間外れにしたんでしょう?」  康子はそう言い放った。 「ちがうよ! 香奈ちゃん走って帰っちゃったんだもん」  どこまでが本当の話なのか見当がつかない。このくらいの年になると悪意はなくても自分を守るため、本能的に嘘をつく。 「香奈のこと仲間外れにしたらおばちゃんが承知しないから」  怒った声で、半ば奪うようにしてランドセルを取り返えした。  子供らの後ろに親の顏が見える。  厳しく言ったことが後に大事になるかもしれない。子供は不都合なことは言わない。そして、親はうちの子に限ってだ。たとえ嘘だと分かっていても……認めない。  だから、結局いじめられた方はもっと沢山のいじめに遭う。  分かっていたのに。  靖子はどうしても自分が抑えられなかった。  靖子は赤いランドセルを自転車の籠に入れ、猛ダッシュで家に引き返した。  こうなったら担任に言うべきか。  教師歴三年の若い先生……  親たちの間で今度の担任はハズレだと噂になっていた。靖子は学校に連絡を入れるのを躊躇した。  家のポストが見える。  きっと泣きながら家の前で立っている香奈がいるはず。  しかし康子の予想に反して門は出たときと同じ状態で閉まっていた。  帰っていない──  行き違った?  それとも追い抜いた。  あの子の行きそうな所──  こんな時、携帯電話があれば……  でも、今回はランドセルを取られたんだからどのみち一緒だ。  
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