ワンルーム・エゴイズム

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目を開けるとサトシが立っていた。 魘されるわけでもなく、ただ眠っている僕の姿を、枕元で見ていたようだ。 兄貴、と耳に馴染んだ声がする。長年使った毛布のように、丁寧なつくりのシャツのように。 「明日は土曜日だから、一緒に出掛けないか」 薄暗い部屋、カーテン越しの明るさに、今が朝であることを知る。サトシはスーツを着ていて、出勤前らしかった。 「サンドイッチを買って、公園で食べよう」 今の時期なら紫陽花が綺麗だ、と静かに微笑んだ。湖畔のような瞳が穏やかに細められる。その向こうに、幼い兄弟の寄り添いあう姿を見る。 普通にしていれば、ばれることはない――夢で聞いた言葉がリフレインするが、それが本当にサトシの言ったことだったのか、それとも僕が言ったのか。もう思い出せなかった。 僕は渇ききった喉からすかすかの声を発する。 「お前が逃がしたのか? あの子を」 サトシは僕をじっと見下ろしていたその目を伏せると、ゆっくりと首を横に振った。 「そんなことしないよ、兄貴。俺は兄貴を危険な目に遭わせるようなこと、絶対にしない」 花壇の土が雨を吸うように、僕の鼓膜にはサトシの言葉が浸み込む。サトシは昔からいつだって僕を守ろうとしていた。二十六年間で見てきたあらゆる瞬間のサトシの姿が、この言葉を真実だと証明している。 僕は頷いて、目を閉じた。もう少し眠りたかった。明日が晴れならサトシの提案通り、一緒に紫陽花を見に行こう、と思った。 「あの子が悪いんだ。兄貴はこんなに優しいのに、それがわからなかったんだ、莫迦だから」 囁きながらサトシは僕の額のあたりに指先で触れ、おやすみ、と行って部屋を出ていった。玄関のドアが閉まったあとには混じりけのない白い静寂だけが残り、僕は無音のなか、飲まれるように眠りへと落ちていった。 了
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