ワンルーム・エゴイズム

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一ヶ月が過ぎた。 彼女の手掛かりはなく、警察の来訪もなく、無断欠勤を続けた僕には会社から封書が届いた。 仕事から帰ってきたサトシが言った。もう外へ出ても大丈夫だよ兄貴。 「もしあの子が警察へ行ったのなら、とっくに俺たちは捕まってる。そうならないってことは、そうしなかったってことだ」 そうかもしれない。でも本当にそうだろうか。奴らは僕が姿を現すのを待っているのでは? 外にはびっしりと数十対もの正義が光っていて、ドアを開けた途端、この手に制裁を嵌めるのではないか? 彼女がいなくなって以来、一歩も外へ出られずにいる僕を、サトシは何一つ責めなかった。以前と変わらず仕事に行き、サトシと僕、二人分の食材を買って帰ってくる。そして僕がキッチンに立とうとすると「いいよ、兄貴は休んでいなよ」とリビングのソファへ押し戻される。痛む頭を抱えてもはや飼い猫のような生活をしながら、明日こそ玄関のドアが叩かれるのではと怯え続けた。 そんな状態ではあっても、僕は事ある毎にサトシに「何か起きたらお前はすぐに逃げろよ」と伝えた。 「あの子を連れてきたのは僕だ。サトシは手伝ってくれただけなんだから」 サトシはそのたびに口角を上げて「俺も共犯者だよ」と言った。小学生のときから変わらない笑顔だった。 サトシとは幼い頃から一緒にいろいろな悪戯をした。そのほとんどが僕の発案で、サトシはそれをより面白くするために驚くような知恵を発揮し、また隠蔽工作の達人でもあった。 ある晩、そんな小さな頃の夢を見た。 当時近所に住んでいたゲン君という少年に、僕は目をつけられた。同い年とは思えない体格の良さと、暴力的な性格、ゲン君はそんな最悪のコンボを持っていて、何かと虐げられ続けた僕は、彼に一泡吹かせるべくサトシと画策した。 いつも遊んでいた公園には、何が入っているのかわからない、黒い大きなコンテナ倉庫があった。子供がよじ登れる高さではないが、裏にビールケースが山程放置されていて、それを積み重ねれば簡単に登ることができた。ゲン君はいつもその上から支配者ぶって公園を見下ろしていた。 そのビールケースを隠して、ゲン君が登れないようにしてやろう、と僕は思いつきで言った。 そんなことよりもビールケースに細工をして、ゲン君が怪我をするようにしてやろう、とサトシは少し考えてから言った。 僕は喜んで頷き、サトシのアイデア通りにビールケースに細工を施した。翌日、ゲン君は狙い通りに足場を崩して一メートルほどの高さから落ち、運悪く桜の木のこぶに頭を打って、そのまま亡くなった。 あのときも僕は罰せられるのが怖くて泣いたけれど、僕たちの仕業だとはついにばれなかった。 「普通にしていれば、ばれることはないよ。僕らが何かした証拠はないんだから」 サトシの言った通りだった。震える僕の手を握って教え諭すよう囁いた声。 「だって、ゲン君が悪いんだ。兄貴にひどいことばかりして。兄貴を泣かせたからこんなことになったんだ」
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