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その日僕が帰ると、サトシは青褪めた顔をしてキッチンに立っていた。
「あの子がいない」
二人で周辺を二時間以上捜索したが、彼女を見つけることはできなかった。
到底眠ることなど叶わず、そもそも眠りたくもなかったので、棺守りのような夜をサトシとリビングで明かした。L字型のソファで膝を突き合わせ、時折口を開けば録音のようなやりとりを繰り返しながら。
「そんなに体力はないはずだ」
「三ヶ月間この部屋から出ていなかったんだから」
「正確には八十五日間」
「でもどこかへ逃げ込んだんだとしたら」
「人に助けを求めたんだとしたら」
朝がきて知らない誰かがインターフォンを鳴らすのを、恐らくサトシも想像していたのではないかと思う。そのときがきたら僕がドアを開けようと密かに決意した。大事な弟であるサトシに、そんな役目を押し付けるわけにはいかない。
しかし出勤時間を過ぎても来訪者はなかったので、のろのろと着替えを済ませたサトシのスーツの後ろ姿を見送って、僕は再びソファへと身を沈めた。
どうしても仕事へ向かう気にはなれなかった。上司に欠勤の電話を入れる。理由は体調不良とした。嘘ではない。昨夜からずっと頭が痛む、今にも発火して焼け焦げそうだ。
完全に一人になったブラックボックスのような空間で、頭痛を紛らわすためのハーブティーを淹れながら、僕はずっと彼女がいなくなった理由を考えていた。
薬缶で沸かした熱湯を大容量のマグカップへ注ぎ、ティーバッグを沈める。透明な液体にじんわりと濃い黄色が滲み出し、全体の色を少しずつ変えていくのを見つめた。
「だって、ここには何でもあるのに。欲しいと言ったものはすべて用意したし」
彼女が学校へ行きたくないと言ったから、それを叶えてあげたくて。上靴をごみ箱へ捨てられたり、机の上に花瓶を置かれたり、教科書を破かれたり、そんなことで泣く顔をもう見たくなくて。
僕に、僕らにできることは何でもしたのだ。お姫様のように願いをすべて叶えた。ついに一度も笑ってはくれなかったけれど、でも、泣くこともなくなった。どうしていなくなってしまったんだろう。
「ここには何でもあるのに。外はとても恐ろしいのに」
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