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再接触
翌朝、外は晴天で鳥の囀りが聞こえそうだ。そこへ猛ダッシュで教室に走ってくる女子がいた。
堀田菜月である。
「あー、あぶなかったぁ」
大急ぎで走ってきて、机の横で荷物を下ろす菜月は自慢のロングヘアーを今日はポニーテールにしていた。普段はお団子にしていることが多いが、時間がないときはポニーテールで誤魔化している。身長は164cmで背が高いわけではないが比較的グラマーなスタイルは男子生徒の注目を得ていた。
その菜月のとなりには柊木正一の席がある。
「おいおい、荷物を振り回すなよ。あぶねーじゃねーか」
正一があきれ顔で菜月に文句を言った。
「ごめんごめん、どうせ何も当たってないんだから気にするな」
菜月はそう言って自分の席に座った。
正一は菜月の幼馴染である。とはいえクラスが一緒になったのは小学4年生以来だ。サッカー部に所属しており、その実力は全国区でスカウトも見学に来るくらいだ。昨年の冬の選手権では県予選で決勝戦までいったほどだ。但し、見た目が女子ウケしないため色恋沙汰には無縁となっている。髪は高校生らしくスポーツ刈りで身長は173cmである。
「お前さぁ、もうちょっと汐らしくできないの?」
「ロクに言われたくないわぁ」
「ロクって言うな」
正一は拓巳と二年生の頃から同じクラスだ。クラス替え当初に隣同士だったことがきっかけだったが、その時に正一の名前を正の字で数えた。依頼、拓巳は正一のことをロクと呼ぶようになった。正一のことをロクと呼ぶのは拓巳以外には孝太と菜月だけである。
そこに肩に髪がかからないくらいのショートヘアで前髪が斜めに切られている女子、暮林雪乃がやってきた。雪乃は身長が152cmと低めだが菜月のお目付け役っぽいポジションにいる。普段からスマホアプリで遊んでいるが、見てないようで常に菜月のことを気にかけている。
「自宅まで5分とかからない距離で遅刻しそうになる理由がわからない」
「違う違う。近いから遅れるの!」
「私の家が反対方向じゃなければ、毎朝引っ張って来れるのに」
「それはそれでちょっとプレッシャーかも」
そういって菜月は雪乃におどけてみせた。
神谷孝太が教室に入ってきた。そのまま正一に声をかけながら横を通る。
「おっす、ロク」
「おっすじゃねーよ。お前遅刻だろ」
「あ? まだ坊っちゃんきてねーからいいんだよ」
坊っちゃんとは担任の入江のことである。特に家柄がいいわけではなかったが、身だしなみが『服に着られている感じ』だったためにそう言われている。直接話をするときは『先生』と皆呼んでいる。
席に付く孝太を菜月は見つめていた。
「ガン見し過ぎ」
雪乃に言われて菜月は頬を赤らめる。
「え、そんなこと……あるけど、いいでしょ!」
「あーあ、認めてるし」
「雪乃に隠してもしょうがないじゃん」
菜月はそう言いながら孝太をまた見つめていた。
後ろの方から聞こえる菜月達の声を聞きながら、結衣は昨日妹の楓に言われたことを思い出していた。
「なんで私が謝んなきゃならないのよ」
誰にも聞こえないような声で結衣はぼやいたつもりだった。
ふと、左の方を見ると、じっとこっちを見る拓巳と目があった。
「何を謝らなきゃいけないの?」
拓巳は席に座ったまま結衣に尋ねた。驚いた結衣は慌てて答えた。
「いや、ただの独り言だから。聞き耳立てないでくれるかな」
そのまま、結衣は素知らぬ顔で荷物を整理しだした。その様子を見た拓巳もまた、何もなかったように前を向いて教科書を開き授業が始まるのを待った。
拓巳が教科書を見ていると傍に人影が現れた。それに気付いた拓巳が横を見上げると結衣が立っていた。
「ごめん、別に怒ってるわけじゃないから」
「いいよ。で、何を謝らなきゃいけないの?」
「え、まだ聞くのそれ」
「気になってしまったので」
そういいながら拓巳は優しく結衣に微笑みかけた。
「はぁ、妹がいるんだけどさ、バスケやってて、中学の時の先輩が堀田さんなわけ。で、妹はウチの高校じゃなくて違う高校に入ったから、それを謝って欲しいって頼まれたわけ。私は関係ないと思わない?」
それを聞いた拓巳はジッと結衣を見て、それから堀田菜月の方を向いて、同じように菜月をジッと見た。そしてすぐさま立ち上がると菜月の方に歩き出した。
「ちょ、ちょっと森本君!どこに!」
拓巳は菜月のところに着くと冷静に話し出した。
「堀田さん、橋川さんの妹が同じ高校に来れなくてごめんなさいってさ」
急に話しかけられた菜月は驚いた様子だったが、少し考えてから結衣の方を見た。
「あー、そっか楓ってあんたの妹だったっけ。別に気にしてないけど、逆に楓が気にしてるなら直接言えばって言っといて」
そう笑いながら菜月は視線を外した。その表情は少し強張った感じだ。
「あ、うん。ちょっと森本君こっちに来て」
そう言って結衣は拓巳の手を引っ張って拓巳の席まで連れ戻した。
「なに勝手に話してるの?私、何も頼んでないよね」
「言ったほうが早いと思っただけだけど」
「そうじゃなくて……」
結衣は諦めたようにそれ以上言うのをやめた。
「なに?どうした?」
間に入って来たのは正一だった。
「あ、ロクおはよ。橋川さんが嫌がってたから代わりに僕が堀田さんに言っただけだよ」
「別に嫌がってたわけじゃ」
正一は二人の様子を見てから拓巳に話しかけた。
「拓巳ぃ、お前が思ったことを言うのはいい。それはお前自身のことだからな。でも、何度も言ってるが他人のことをお前の考えで判断するな。それは俺や孝太にしか通用しないって言ってるだろ。それに橋川も拓巳に絡むなよ。わかるだろ?」
拓巳は正一に言われてもキョトンとしていたが、結衣は正一の言葉が我慢出来なかった。しかし、直接言えるほどの勇気はなく、席に戻りながら誰も聞き取れないほどの小さな声でブツブツと呪文のように呟いた。
「え?なに?私が悪いの?何今の。まるで森本君に理解を求める私がおかしいみたいな。それこそロク君のほうが森本君を偏見で見てない?あ、思わずロクって言ったけど聞こえてないわよね。そもそもロクって何よ。なに抜群のところで止めてるのよ。正二でも正三でもだめ。正一だから面白すぎんのよ。はぁ、そもそも堀田菜月、バスケやりたいならこの学校じゃないでしょ。うちのバスケ部弱いじゃん。楓の高校みたいな強豪高校に行けばいいでしょうに。逆にウチみたいな高校に入ってごめんなさいってあんたが楓に謝りなさいっつうの。あー、イラつくイラつく……」
ブツブツ言っている結衣を教壇から見つめる入江。授業開始のチャイムは既に鳴っていた。
「なんか怖いな…」
結衣はそのままあと1分ほどブツブツ言っていた。
昼休みになると拓巳は弁当を持って屋上へ出るドアの踊り場に行った。
「だからさ、お前は教室で飯くえねぇのか?」
「孝太だっていつもここに来てんじゃん」
そういって階段に腰を下ろす拓巳。
「俺はいいの!どうせクラスに馴染んでねぇから」
拓巳は微笑みながら弁当の蓋を開けた。
「それ言ったら僕なんか変人扱いだよ?」
弁当の中から玉子焼きつまみ口で頬張る拓巳。
「そういや、昨日もだけど橋川になんで絡んでんだ?」
孝太が尋ねると拓巳は身を乗り出す感じで話し出した。
「あの子さ、すっごい面白いの。こないださ、えっと、ほら、学校の近くにコンビニあるじゃん?そこでさタバコをポイ捨てするおっさんがいたのよ。そしたらさ、あの子、気付いてさ、そっとそのタバコ拾って、そいつの上着のポケットに入れたんだ。普通やんないよね?それから気になって気になって」
とても目を輝かせて話す拓巳を見て、孝太も興味を示しだした。
「橋川ってそんなキャラだっけ?すげー大人しいイメージなんだけどな。しかもあいつ成績半端なかったぞ。学年1位とか当たり前で、全国模試で何十番って聞いたぞ」
「そう!ね、面白いでしょ? しかも昨日はそのコンビニで側溝に鍵落としてるし」
ケタケタ思い出し笑いをする拓巳。
「へぇー、で、どうしたんだ?それ」
「僕が取ってあげたよ。ひょいって」
拓巳は手首を返してその時の動作を真似る。
「ありがとうってタメ口叩いてから、御座いますだろって言ってやったよ」
孝太は少しぽかんとして直ぐに答えた。
「タメだからな……」
拓巳はそれを聞いて暫く考えた。
「あ、そっか」
二人は下に声が聞こえない程度に大笑いした。
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