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登校
道路を走る車の音で拓巳は目を覚ました。
5時57分。目覚ましが鳴る数分前に目覚めるのはいつものことだった。そのまま目を開けて天井を暫く眺めていると、目覚ましの音が鳴り出す。それを止め身体を起こし、ベッドから降りたかと思うとそのまま床に座り込みストレッチを始める。その後、足をベッドにかけて腕立て伏せ、床に仰向けになり腹筋、それからスクワットと筋トレを始める。
一通りの筋トレが終わると息を切らしたまま1階へ降り、そのまま浴室へ向かいシャワーを浴びる。数分後、シャワーを浴び終えた拓巳がリビングに髪を拭きながら入ってくる。
拓巳に気付いた母親の桃子は拓巳に声をかけた。
「おはよう、拓ちゃん」
「ん、おはよう」
拓巳はダイニングテーブルを見た。そこには拓巳の朝食だけが置いてあった。
「父さんは?」
「出張で朝早くには出掛けちゃったわよ。おかげで私も眠いわ」
「そっか。まぁ、父さんの給料がないと俺達生活出来ないから仕方ないよ」
「ほんと拓ちゃんはシビアね……」
桃子は今年で40歳になる。しかし、元々若く見られることが多く、普段から化粧もしないタイプである。料理は得意ではないが普通の食事くらいは作れるようになった。
元々は共働きではあったが、拓巳の件で度々学校に呼ばれることが多かったので、あるタイミングで専業主婦になった。
拓巳はいつもと同じように朝食をとる。朝食をとりながら朝のニュースを見るのが日課であるが、番組の途中である占いコーナーは見ないようにしている。そこからの2分間は違う番組に切替え、時間が経つと元に戻すのである。
占いを見てしまうとそれが気になってしまうのである。特にラッキーアイテムがどうしても欲しくなってしまう。
以前、ラッキーアイテムが『すき焼き』だったことがあり、高校に行く前にスーパーで買い物して、自宅に戻り、すき焼きを食べてから学校に行ったことがあった。本人曰く、晩御飯にすき焼きを食べても一日は終わっている。だから朝のうちに食べておかないとラッキーを逃してしまうとのことだった。
こういう逸話が拓巳にはたくさんあった。
時間になると制服に着替えて家を出る準備をする。それを見て桃子が声を掛けた。
「拓ちゃん、スマホ持った?」
「カバンに入れてるよ」
「充電は?」
拓巳はカバンからスマホを取り出して見た。
「あ、充電切れてる」
「あんたさぁ、せっかく買って渡してるんだからちゃんと使ってくれるかな?普通、今どきの子はスマホありきじゃないの?」
「あー、俺、友達少ないから必要ないんだよね」
「私からの連絡が取れないから渡してるの。学校で充電しなさい」
「それ、ちょっとした盗電だよ」
「いいから!」
軽く腕を振り上げた桃子から逃げるように拓巳は家を出た。
マンションから道路に出てきた拓巳。電源の切れたスマホを見ながらタメ息をついた。
「スマホ、持ってんだ」
その声に拓巳が振り返った先には結衣がいた。
「いらないけどね」
そう言いながら拓巳は軽くスマホを振った。
「え、それ、限定版のスマホじゃん!」
拓巳がキョトンとしていると、その手から結衣はスマホを奪い取った。
「うわー、これ、めっちゃ数少ないんだよ。すごーい。あれ?電源落ちてるよ?」
「使ってないから充電してない」
「はぁ?意味わかんない。知ってる?スマホって充電しないと使えないんだよ?」
そう言いながら結衣は拓巳にスマホを手渡した。
「つか、森本君ってここに住んでんだ。めっちゃ私の通学路だし」
「心配しなくても君だけの通学路じゃないよ」
拓巳は素知らぬ顔で結衣を置いてスタスタと歩き始めた。慌てて結衣は一緒に歩き始め、拓巳に追いつくと横に並んで歩いた。拓巳は結衣に限定スマホと教えられたことを始めて知ったのか、いろんな角度からスマホを覗き込みながら歩いていた。
「あのさ、そんなに私って苦しそうな顔してた?」
それを聞いて横目で結衣を見つめると拓巳はスマホに目を戻して話した。
「息止めてるのかなって思った」
「そんなにか……。集中しちゃうとどうしてもああなっちゃう」
拓巳はその言葉を聞いて立ち止まって結衣を見た。
「あれ、集中してたんだ……」
「うん……」
「変なの……でも……、俺、森本拓巳。よろしく」
拓巳はそう言って結衣に握手を求めた。
「え、あ、う、うん。知ってる……。よろしく」
結衣は思わず差し伸べられた手を握り握手をしていた。
「あ!やった!今日のラッキーアイテムは異性との握手だったの!いえーい。私、蟹座なんだけど森本君は何座?あぁ、今日はいいことあるかもぉ」
「よ、よかったね……」
拓巳は結衣のペースに馴染めないのか、少し遠目で見るかのような眼差しを結衣へ送った。
少し歩くと下った先に蓬山高校が見える。この道を二人で歩いた初めての日だった。
並んだまま二人は歩いている。結衣は拓巳の方を見たが拓巳は電源の入っていないスマホをいろんな角度で見ている。なにやらブツブツ言っているが限定品という言葉が強かったようだ。一度は前を向いて歩き始めた結衣であったがすぐに拓巳の方を見て話しかけた。
「あのさ、森本君って絵が上手だったよね」 言われて拓巳はスマホを見ながら答えた。
「自分で上手いとは思ってないけど、みんながそう言っているからそうかもね。何?似顔絵書いて欲しいの?」
「ううん。そうじゃなくてさ、絵を描いてるときって楽しいのかなぁって」
「あぁ、どうだろ。楽しいとか考えたことないけど、嫌いじゃないかなって感じ」
さらに拓巳は続けた。
「あとさ、正面切って見れるのは嬉しいかな。ほら、人の顔ってなかなかじっくり見れないから。」
「なるほど!」
「で、なんで?」
相変わらずストレートに返してくる拓巳に一歩引きそうになったが、結衣はゆっくりと答えた。
「私、特技とかないしさ、人に褒められることっていったら勉強くらいだし、なんかつまらない人間になっているような気がして」
拓巳はジッと結衣を見て、噴き出して笑った。
「何言ってるの、君、えっと結衣だっけ?すっげぇ面白いよ君」
「はぁ?ちょっとそれどういう意味よ。つか、なんで呼び捨てなの!?彼氏でもあるまいし!」
すると拓巳は屈託のない笑顔で言った。
「じゃ、今から彼氏になるよ」
結衣は一瞬驚いたがすぐに負けじと答えた。
「何言ってるの。私、そんなに安くないから!」
「おいくら?」
「おい!」
二人で学校の門をくぐり、そのまま校舎に入り上履きに履き替える。そして教室に着くまでもずっと話しながら二人は歩いた。
この間に二人を見た学校の生徒は皆一瞬驚いた様子だった。それはそうだ、拓巳が女子生徒と仲良く会話をしながら登校してきたのである。
そんなことにも気づかずに拓巳と結衣は教室に入って席に着いた。
一瞬にして拓巳の周りと結衣の周りに生徒が集まる。
「なになに!どうしたの!いつからそんな仲良しになってんの!?」
言われて結衣は気が付いた感じだったが、驚きながらも冷静に、やや恥ずかしそうに答えた。
「え、そういわれても、ただ話しただけだし」
「それがもはや普通じゃないでしょ!?」
すると拓巳が席を立ち、結衣達のところへ歩いてきた。
「どうして?俺、結衣の彼氏だから普通でしょ?」
この一言に教室は一瞬静まり返った。
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