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変だね
ここは蓬山高等学校3年2組の教室。今は昼食後の昼休みの時間である。クラスは雑談やらで賑やかな雰囲気。その中で少し変わった風景が見られる。
一人の男子生徒が、これまた一人の女子生徒の似顔絵を描いている。
似顔絵を描いているのは森本拓巳。このクラスの生徒である。普段は大人しく、さほど目立った存在ではない。身長は175cmで真っ黒な黒髪。見た目も悪くはないのであるがモテる部類ではない。
拓巳の書く似顔絵はデフォルメされているが特徴を捉えており、若干実物を可愛くした感じに描かれているため、女子生徒の中では拓巳に似顔絵を描いてもらい、それをlineのアイコンにしたりしているのである。そういう部分では人気者ではある。
絵を描かれている女子生徒は拓巳の描く似顔絵を見ながら拓巳に話しかけた。
「ほんと上手だね。なんか絵の仕事とか目指せばいいのに。絶対儲かるよ」
拓巳はその言葉には一切反応しない。彼はそういう言葉には全く関心がないのである。そして、彼にはモテない理由があった。
「結構、顎の下に肉があるね。あと、無理にアイライン入れないほうがいいよ」
女子生徒は少し慌てて応えた
「え、あ、そこ言うかぁ。相変わらずデリカシーないなぁ。あーあ、言われちゃったよ」
次の瞬間、周囲からドッと笑いが起きた。近くにいた別の女子生徒が話しかける。
「超ストレート。でも、それが森本ってみんな思ってるのが凄いよね。普通、嫌われるよ?」
今度は男子生徒が話し出す。
「ほんと、リスペクトするわ。俺たちには絶対無理だもんな」
そういうと、周りも頷き自然に時間が流れる。
拓巳は思ったことを裏表なしに言葉に出してしまう。それは本心であるがゆえトラブルの原因ともなりえた。しかし、生徒の殆どは彼を悪く思わなかった。それがキャラクターとして定着していたからである。そして、拓巳がもし誰かを褒めた時はまさに本心であるため、クラスの中では拓巳の発言を[神の言霊]と言って冗談で崇めることもあった。
ただ、その大半は悪口であることが多く、その為、拓巳はモテない男子生徒であった。
午後の授業が始まると、拓巳は一人の女子生徒の後姿をじっと見つめていた。
拓巳の視線の先にいたのは橋川結衣。どちらといえば地味な印象であまり目立たない。しかし、成績は優秀で、全国模試では100番以内に入るくらいである。
容姿は眼鏡をかけており、セミロングくらいの黒髪はいつも後ろで一つ結びにされている。
結衣は授業中の集中力はすさまじいもので、本人も気付かないうちに眉間にシワがよってしまい、それに気付いた教師の方が圧倒されそうになってしまうほどだ。
授業が終わると拓巳は席を立ち歩いていく。そして、結衣の席の前で立ち止まると結衣の方を向いて話し始めた。
「大丈夫?」
声を掛けられた結衣はきょとんとした顔で拓巳の方を見た。
「え? わたし?」
「授業中、とても苦しそうな顔をしてた。どこか具合が悪いの?」
「え? 別になんともないけど……」
この光景を見たクラスメイトは驚いた。拓巳が自ら話しかけるのは特定の人物だけであったからだ。その特定人物の一人である神谷孝太が近寄って拓巳に話しかけた。
「拓巳、どうかしたのか?」
「いや、なんともないらしいから大丈夫」
そう言って拓巳は自分の席に戻った。孝太は結衣に不思議そうに尋ねた。
「なにかあったの?」
「ううん、なんかいきなり具合悪くないかって」
「別にどうもない……よな」
「うん」
孝太は拓巳の方へ歩み寄りながら話しかけた。
「拓巳ぃ、お前また変な行動とってるぞー。相変わらず面白いなー」
拓巳は孝太の方を見もしないで軽く人差し指で頭を掻いた。
孝太はクラスでは一目置かれていた。噂が広まっており、とにかく喧嘩が強く、他校の生徒や地元のヤンキーの中でも恐れられており、ちょっとしたチンピラでさえ孝太を避けるほどだという。
だから、孝太に対しずけずけ言う拓巳の発言はいつしか起爆剤になるのではないかと生徒の中ではヒヤヒヤすることもあった。
しかしながら、孝太は拓巳のことをとても気に入っており、高校に入学した際に拓巳の奔放さに対して不穏な空気になったところ、孝太が盾になり、そのおかげで皆が拓巳という人物を理解することができたのである。
「なんだったのよ……」
ポツリと結衣は誰にも聞こえないような声で呟いた。
クラスの生徒は各々が話をしていたが、その話題の中心は拓巳と結衣になっていた。それほど拓巳から話しかけるのは稀なことであり、逆になにかあるのではないかと皆が探偵まがいのように推理しているのが結衣の耳に微かに聞こえてきていた。
次の授業が始まると、教壇に立った先生が空気の違いに気付いたようで生徒に尋ねた。
「なにかざわついてるようだが、何かあったのか?」
すると一人の男子生徒が発言した。
「拓巳が女子に自分から話しかけたんだよ」
「ほう、珍しいな。誰に話しかけたんだ?」
「橋川に具合悪いかって」
それを聞いて先生は少し考え、結衣を見て、それから笑いながら言った。
「あー、橋川は集中すると凄い怖い顔になるからな。それを具合悪いと思ったんだろう」
それを聞いたクラスの生徒は皆納得したような感じになり笑った。しかし、結衣が笑えなかったのは言うまでもなく、先生を睨みつけた。
「あー、じゃ、授業始めるぞー」
先生は素知らぬ顔をして授業を始めるのであった。
拓巳の席は窓際の最前列であった。その右隣りに佐山志保、持山徹、野口美紀と並んでいる。野口の後ろに橋川結衣がいた。簡単に言えば中央の前から2番目に結衣はいたのである。
暫くすると佐山志保が申し訳なさそうに授業を止めた。
「先生、森本君がさっきからこっちを向いてて集中できません」
確かに拓巳の体は正面を向いておらず、左手で頬杖を付き、体はほぼ右を向いていた。教壇に立つ入江は拓巳を見て言った。
「ほう、森本。何か佐山のことでも気になるのか?」
入江に話しかけられ拓巳は入江の方を見た。そして答えた。
「佐山さんは見ていません。興味ないし」
それを聞いた佐山志保は顔を引きつらせた。続けて拓巳は話した。
「僕が見ていたのは、えっと、誰、そこの君」
そう言って橋川結衣を指さした。
「え、また私?」
不意を突かれた橋川結衣はきょとんとしていた。
「なんだ、どうした森本。橋川がどうかしたのか。惚れたのか」
そういって入江が茶化すと橋川結衣は睨みながら言った。
「先生、そういうのは今の時代まずいんじゃないですか?」
「あー、ごめんごめん。で、どうした森本」
入江は誤魔化しながら拓巳に尋ねた。拓巳は結衣を見ながら話し始めた。
「本当に大丈夫?具合悪いでしょ?」
「え?別に平気だけど……」
「そっか、じゃ、変な顔なんだね」
「はぁ?」
結衣はいきなりの暴言に少し切れ気味に答えたが、すぐに黙ることにした。
クラスの生徒は皆、苦笑いするしかなかった。入江は少し考えてから口を開いた。
「橋川、だから怖いから私を睨むな。やっぱりそれが原因だ」
ドッと笑いが起こる。
結衣は反論する素振りを見せたが、拓巳を見ると諦めたように不貞腐れた顔で入江の方を見た。
授業が終わるとさらに拓巳と結衣の話で持ち切りだった。なにしろいままで、他人に対してはさほど興味をもたず、話しかけられた人には話し返すが、自らは話しかける相手は孝太の他にはあと一人しかいないからである。
そんな拓巳が結衣に興味を持ったということは既に事件で、もしかしたら拓巳の初恋なのではなどと弄られてしまう始末だ。
結衣はこの状況に対してうんざりした顔をしながら声を漏らした。
「1日耐えるしかないのかぁ……」
放課後、帰宅途中に結衣は買い物に寄ろうと財布を取りだしたとき、誤って家の鍵が地面に落ちてしまった。運悪くその地面の先には側溝があり鉄格子の蓋の隙間から側溝の中に落ちてしまった。
「うっそ!やばいやばいやばい。あーどうしよ」
結衣が慌てているところに誰かが近づいてきた。
「どいて、取ってあげる」
「あ、ありがとう」
そう言って見上げる先にいたのは拓巳だった。
拓巳はカバンからメジャーを取り出し、先端にクリップを曲げて取り付けた。それから鉄格子の間からたらして、上手に鍵に付いたキーホルダーに引っ掛け、ほんの数十秒で見事に拾い上げた。
「はやっ。なになに、どういうこと?なんでそんなに簡単に取れるわけ?ってかなんでメジャー持ってるの?」
「別に難しくないし、メジャーはいつも持っている。逆に長さとか気にならないみんなが不思議」
「はぁ、普通は気にしないと……」
「それより、お礼は言わないの?」
「あ、ごめん!ありがとう。ほんとありがとう。助かった」
「有難う御座います、じゃないの?」
「え、あ、あー、有難う御座います」
「宜しい、それじゃ、あまり変な顔しないでね」
そう言って拓巳は歩いて行った。
それから暫く結衣はそこから動けず、ただ歩いて行く拓巳を見ていた。
ここは橋川結衣の自宅。
二階建ての一戸住宅で結衣の部屋二階の一室。その隣には二つ違いの妹、楓の部屋があった。
「楓、入るよー」
「なにか用?」
「用もなにもちょっと聞いてよぉ」
「なになに、なにかあったの?」
「学校でさ、クラスの男子に変な顔言われた」
「はぁ?なにそれ、間違ってはないけど」
「なんだってぇ?」
「冗談冗談。で、詳しく教えてよ」
結衣は経緯を話した。
結衣の話を一通り聞いた楓は呆れた口調で言った。
「つかさ、いい加減にさ、学校での人見知りキャラは卒業したら?」
「キャラって言われても、緊張するんだもん」
「私には凄く口調がきついくせに……」
「あんたは妹でしょ、だからよ」
「シスハラだ!」
「なによそれ」
飽きれた様子で結衣は聞き流した。
「ところでお姉ちゃん、菜月先輩とクラス一緒なんだよね?」
「え、うん、まぁ、一緒だけど。どうかした?」
「謝っといて。ヨモ高行けなくてごめんなさいって」
「はぁ? 嫌よ、私、関係ないじゃん」
「えー、けちー」
不貞腐れた素振りを見せる楓を置いて結衣は部屋を出た。とりあえず愚痴さえ言えればなんでもいいのであった。
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