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あれは、高校3年の夏。
いつもより気温や日差しが強く、小さな影を見つけながら学校へ向かう途中の出来事だった。
「あつい・・・溶けそうだ・・・」
もともと人よりも白い肌は少しの日差しを浴びただけで赤く火照り熱を持つ。
一般的な男子高校生と比べると筋肉量も体つきも、そして身長も異なる。
小さくてガリガリの正真正銘、これがもやし体型と言わんばかりの軟弱気質がこれほど夏に弱いとは・・・と暑さに負けそうになりながらやっとのことで最寄駅のベンチまで辿り着いた。
「はぁあああー」
長い長い溜息を吐きながら、ギラリと輝く夏の空を睨み付ける。
駅構内は通勤ラッシュで人がごった返し、改札口は長蛇の列が蠢いていた。
今日も今日とて満員電車に揺られ、香水と汗の匂いに包まれながら人ごみにもまれ通学しなければならないと思うとぞっと悪寒が走った。
「もうやだ・・・ほんと人生辞めたい・・・」
朝から気分は落ち込み、暑さで思考まで狂ってしまったようだ。
何を言っても変わることのない現状にまで文句を言いたくなるほど体が重い。
ベンチから立ち上がろうとするも思うようにいかず、僕の体じゃないような重だるい感覚と暑いはずなのに寒気にも似た感覚が僕を襲う。
「・・・あれ・・・?」
おかしいなと思った時にはもう遅く、僕は酷い眩暈に襲われ再びベンチに腰を下ろした。
「大丈夫?しっかりして・・・ねぇ・・・どうしよう・・・救急車呼んだ方がいいのかなあ・・・あぁーもうっ・・・どうしよう・・・」
焦ったような人の声が聞こえた。
いつの間にか眠ってしまっていたのかゆっくりと目を開けると赤いルージュの女性が僕を見て、
「よかったぁ!目覚めたんだね!とりあえずこれ飲んで?」
そう言い小さなコンビニの袋からスポーツドリンクを取り出すと蓋を開け差し出した。
「えーと・・・ありがとうございます・・・」
礼を言いスポーツドリンクを口にする。
冷たくて気持ちいい。
相当喉が渇いていたのか僕は半分以上を勢いよく飲み干した。
「・・・ぷはっ!生き返ったぁー」
干からびる寸前だったのか体中に水分が行き渡る心地がし珍しく少し大きな声で叫んでしまった。
「ふふっ・・・。生き返って良かったね」
僕を見ながらお腹を抱え笑う女性。
「えーと・・・あの・・・」
あまりにも彼女が楽しそうに笑うので僕は羞恥心のあまり顔を隠した。
「ごめんね。私は、佐伯 愛菜(さえき まな)。君がベンチに座ったまま動いてなかったから死んでるのかと思って焦ったよ!」
「佐伯さん。助けていただいてありがとうございました。僕は、月島 真咲(つきしま まさき)です。えーと・・・ジュース代・・・」
そう言い鞄から財布を取り出すと、
「いいよ!人助けなんだから気にしないで。それよりも大丈夫?病院いく?」
「・・・いえ、大丈夫です!それじゃあ、あの・・・お礼をさせてください」
助けてもらったのだからお礼位しなきゃと慌てる真咲に、
「大丈夫だから!気にしないで。それより、学校行かなくてもいいの?西條高校の制服でしょ?私の母校なんだ!電車は、あと5分で出発みたいね」
そう言い僕の手を引きながら改札口へ向かう。
「熱中症には気をつけるんだよ真咲君!」
改札口を通る僕に手を振り見送る会ったばかりの女性に僕は何度も「ありがとう」と伝え最後に彼女に一礼するとホームへ向かった。
『2番ホームに列車が参ります。ご注意ください』
聞き慣れたアナウンス。
賑わうホームと人ごみの電車。
あれほど嫌だと感じ足取りも重かった今朝よりも、なぜか僕の心は穏やかで清々しく、そして何よりも頭の中は先程あったばかりの佐伯さんのことでいっぱいだった。
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