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「と、智は、良かったよね。夢が叶って」
話題を逸らそうと、必死に頭を回転させる。元々座っていた椅子にぎこちなく腰掛け、莉子は心臓のドキドキを無理やり押し込んだ。
「うーん」
間延びした返事の後、智は顔を上げた。
「俺、本当は別のことやりたいんだ」
「ええっ!?」
莉子は大きな目を更に剥いた。
「嘘でしょ!? 歌バカの智が?」
「ひどいな」
「何、夢って……」
呆然と尋ねる莉子に、智は小さく笑い、視線を逸らす。
開いた窓から、夕方の生温い風が吹き込んできた。橙色の光線は教室を切ない色に照らしている。
「俺の家トマト農家なんだ。跡、継ぎたい」
「そうなの!?」
「うん。品種改良して、ハート型のすげえ甘いトマト作りたいな、とか思ってた。農大行って、研究してさ。『ピュアトマト』か『ハートマト』みたいな名前つけて売り出したりして」
「初めて聞いた」
「言ってなかったからね」
「……なんで」
莉子の声に不満が滲んでいた。これほど長く一緒にいたのに、大切な所が欠落していたことに、そして今まで情報を得ようとしなかった自分に腹が立った。
「俺、目瞑って食べてもどの品種とかどこ産とか分かんの」
「味覚鋭いなんて意外。……どうして継がないの?」
「…………」
智はズボンのポケットからスマホを取り出した。長い指を滑らせながら操作する。そして出た画面を莉子に見せた。
画面上にはトマトの栽培方法が映されている。
「これと、これ。どっちが美味しそうに見える?」
指し示されたのは、熟れる前の青いトマトと、完熟した赤いトマト。莉子は訝しげに智を見つめた。
どう見ても、答えは明らかだ。
敢えてそれを尋ねた理由がわからなかった。
とにかく莉子は、迷うことなく右側の赤い方を指差した。
「こっち」
莉子の指が置かれた方を見て、智は口だけ笑った。
「どう見ても、俺にはほとんど同じの色」
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