三年生。九月

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「と、智は、良かったよね。夢が叶って」 話題を逸らそうと、必死に頭を回転させる。元々座っていた椅子にぎこちなく腰掛け、莉子は心臓のドキドキを無理やり押し込んだ。 「うーん」 間延びした返事の後、智は顔を上げた。 「俺、本当は別のことやりたいんだ」 「ええっ!?」 莉子は大きな目を更に剥いた。 「嘘でしょ!? 歌バカの智が?」 「ひどいな」 「何、夢って……」 呆然と尋ねる莉子に、智は小さく笑い、視線を逸らす。 開いた窓から、夕方の生温い風が吹き込んできた。橙色の光線は教室を切ない色に照らしている。 「俺の家トマト農家なんだ。跡、継ぎたい」 「そうなの!?」 「うん。品種改良して、ハート型のすげえ甘いトマト作りたいな、とか思ってた。農大行って、研究してさ。『ピュアトマト』か『ハートマト』みたいな名前つけて売り出したりして」 「初めて聞いた」 「言ってなかったからね」 「……なんで」 莉子の声に不満が滲んでいた。これほど長く一緒にいたのに、大切な所が欠落していたことに、そして今まで情報を得ようとしなかった自分に腹が立った。 「俺、目瞑って食べてもどの品種とかどこ産とか分かんの」 「味覚鋭いなんて意外。……どうして継がないの?」 「…………」 智はズボンのポケットからスマホを取り出した。長い指を滑らせながら操作する。そして出た画面を莉子に見せた。 画面上にはトマトの栽培方法が映されている。 「これと、これ。どっちが美味しそうに見える?」 指し示されたのは、熟れる前の青いトマトと、完熟した赤いトマト。莉子は訝しげに智を見つめた。 どう見ても、答えは明らかだ。 敢えてそれを尋ねた理由がわからなかった。 とにかく莉子は、迷うことなく右側の赤い方を指差した。 「こっち」 莉子の指が置かれた方を見て、智は口だけ笑った。 「どう見ても、俺にはほとんど同じの色」
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