三年生。九月

6/7
33人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
『野菜ソムリエ協会の品評会、トマトグランプリ2位』 智の家のビニールハウスの前には、そう書かれた特注ののぼりが、風に誇らしげにはためいていた。 「とーさん、ただいま」 最近、家の台所では父親がトマトを使った酒を試作している。 「おお、智。お帰り」 「お母さんは?」 「ハウス」 智は外に目をやった。台所の窓から見えるビニールハウス。母はきっと汗だくになって野菜の世話をしているのだろう。 「なんか手伝うことある?」 「うーん、テイスティングかな」 コップに下唇をつけてクンクンと匂いを嗅ぎながら呟く父に、「未成年だからムリ」と智は笑った。 母のために水筒にお茶を注ぐ。氷を入れる『トプントプン』という音が好きだ。 ハウスに入ると、いつものように鈴なりになっているトマトを見つめる。 植物の青い香りが鼻腔に入り、それを肺に取り込む勢いで吸い込んだ。 見えるのは全て、くすんだ黄緑色。 どれが熟れているのか判らない。 ーー智が継いでくれたらいいなあ。このハウス。 ーー当たりまえじゃん! 俺、パパのトマト有名にするし! まだ色覚障害があると知らなかった、幼い頃。 熟れていなかったトマトを獲って食べた時、全然美味しくないと言うと「そりゃそうだよ」と笑われた。 幼稚園で真っ赤なイチゴを描くように言われて、使ったクレヨンは黄緑色だった。個性がありますね、と先生は少し困ったように笑った。 おかしいと両親が感じたのは、智が小学校高学年になって、ハウスでトマトの収穫を手伝った時。 まだ未熟な実を次々に収穫したことがきっかけだった。 その時に智は、自分が見ている世界が、他の人とは違うことを知った。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!