35人が本棚に入れています
本棚に追加
「ちょっと可愛いからってお高くとまっている不機嫌女子」。
莉子が何年も掛けて訓練してきた「嬉しさを封印する顔」の効果は、容易には落ちなかった。
結果、一ヶ月過ぎても莉子には友達ができなかった。
チームプレイを重視されるバレー部を早々に辞めて、莉子は桜の新緑の下、また一人惨めに帰宅部を極めていた。
そんな彼女の転機は、突然にやってきた。
「リコピンってさ、部活やってる?」
ホームルームが終わって、鞄を持って立ち上がると同時に話しかけられた。話しかけられた驚きと喜びを咄嗟に不機嫌オーラで覆い隠し、見上げてくる智を睨んだ。
「やってたけど、辞めた」
「そうなんだ!」
低い声で答える莉子を気に留めず、智はパッと表情を輝かせる。
「じゃあさ、軽音部入らない? メンバーが一人辞めちゃってさ。ベースが欲しいんだけど」
智は「お願〜い」と手のひらをハエのように擦り合わせて、憐れみを乞う。莉子は赤くなって唇を鳥の嘴の如く尖らせた。思いがけない誘いに動揺を隠せない。
「べ……ベースなんてやったことない!」
「俺が手取り足取り教えるから!」
智は立ち上がり、莉子の両手を取って覆いかぶさるように言った。一瞬静かになった教室は、次の瞬間男子の冷やかしの声で噴火した。
莉子はポカンと口を半開きにしたまま、智のキラキラした目から視線を逸らせない。しっかりと包まれた両手は、彼の手の温度に直接触れて湿っている。打ち付けてくる胸の鼓動が痛くて声が出なかった。
「取り敢えず、見学に来て」
「えっ、ちょっ……」
そして莉子はそのまま軽音部の部室へと、急ぎ足に引っ張っていかれた。
最初のコメントを投稿しよう!