色違いの景色

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莉子の口が小さく『トマト』を口ずさむ。 視線の先の智は相変わらず笑顔を浮かべてサインを書いたり、ファンと写真を一緒に撮ったりしていた。 彼はこれからテレビの向こうの人になる覚悟を決めているし、周りも活躍を期待している。 決意が揺らぐ。 自分としても、智の歌をずっと聴きたいと思う。 ーーでも。 漸くステージ脇の莉子の元に歩いてくる智。莉子の存在を認め、口元に照れ臭そうな笑みを浮かべた。 彼と向かい合った莉子の頬は、トマトのように真っ赤に染まっていた。 5歩ほど離れた所で、面と向かって智は足を止めた。 「待っててくれたんだ」 人がほとんどいなくなった講堂に、やけに声が響いた。うんうん、と大きく頷いた莉子の髪が揺れる。 「ありがと。じゃあ、行こっか」 差し出された右手をジッと見つめ、莉子は下唇を噛んだ。 バタン、と扉が閉まる音。それから物音一つしなくなった。皆、ここから出て行き、いるのは智と莉子の二人だけ。 「莉子?」 不思議そうに智が顔を覗き込んでくる。その視線から逃れるように足元を見ていた莉子は、意を決して顔を上げた。 「一緒にハートのトマト作ろう! 私が、熟れたものがどれか教えてあげるから……色違いでも、一緒の景色見よう!」 声が震えた。けれど、負けないように大声で言った。 智の明るい茶色の目は前髪に隠れて見えない。けれど、彼は驚いて口を半開きにしたまま硬直していた。
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