三年生。九月

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結局莉子は彼氏を追い返してしまった。 彼の苛立った足音が小さくなっていき、遂に聞こえなくなると、曹が溜め息を落とした。 「お前な。そんな態度だからいつも一週間で振られるんだぞ」 呆れたように言った曹を、莉子は歯を食いしばって射殺すような目で睨みつけた。少なくとも毎月一回は見る光景だった。 「だいたい、誰でもいいのかよ。陰で尻軽って言われてるぞ」 「だって……! こんな私のこと好きって言ってくれるんだもん……。私だって変わりたいわよ。でも緊張するのよ! 素直になれる友達だって、あんたたちしかいないし」 プルプル震えながら、チワワのような大きな目に涙を滲ませる。ーと、椅子に後ろ向きに座っていた智の大きな手がぽん、と莉子の頭に乗った。 暖かな手に智を見ると、茶色の前髪から覗いた目がふわりと細められた。 「そのままでいいんだよ。そんなリコピンを丸ごと大事にしてくれる人、探せばいいんだって」 「智……」 「一生懸命作ったお弁当渡せなくて、泣きながら自分で食べるとか、夜な夜なヌイグルミでチューの練習してるとか。そういうの知る前に振っちゃうなんて、バカだよ」 「……智、ムカつく」 グシグシっと泣きながら涙を拳の甲で拭う莉子。「気づけよ」と曹はぼやいた。 莉子の髪の感触を楽しむように、智は髪の流れに沿って何度も優しく頭を撫でた。それがあまりに心地良くて、止めてほしくなくて、莉子は顔を伏せたままにしていた。 「ったく……とにかく、曲ができたら書いて提出しといてくれよ」 曹はプリントを智に渡して立ち上がった。 「先に帰るわ。個人練習しとくから」 「オッケー、受験勉強?」 「おう。B判定だからな」 曹の足音が遠のいていく。涙が止まって大人しくなった莉子の顔を、智は下から覗き込んだ。 「わっ!」 「ダイジョブ?」 「だ……大丈夫」  何度も縦に首を振る莉子に、智は笑った。笑うと目が線になる。  優しい智の声が好きだ。透明な水に少し砂糖を足したような。その甘く切ない、少し掠れた、それでいて耳に心地よい声に胸がキュンと痛む。
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