三年生。九月

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「曹が法学部目指すなんてな。リコピンは、卒業したらどうするの」 椅子の前後をひっくり返し、改めて莉子と向き合って智は尋ねた。遠くには運動部の掛け声や、笛の「ピッ」と鳴る音が聞こえる。それがかえって、智の椅子の音を響かせていた。 莉子はティッシュで鼻水を拭き取り、スンとすすり上げて気を取り直す。 「あたしは、動物関係の仕事したい」 「へえー」 智は口を縦に開けて、真剣な顔で答えた莉子に目を丸くする。……が 「……ブハッ! あはははは!」 次の瞬間、眉尻を下げてゲラゲラ笑いだした。 「なっ、なによ!」 「ウケる……リコピンが超不貞腐れた顔でトカゲの世話してるの想像しちゃった」 「智ぉッ!」 莉子は拳を振り上げて、腹を抱える智に詰め寄った。 「わっ、冗談だって」 智が節張った手で莉子の右手首をつかんだ時ーー 「きゃっ」 「うわっ」 引っ張られた莉子はバランスを崩し、智の上に倒れ込んだ。 一番上のボタンが外れたシャツ。そこから見える喉元と鎖骨が目の前にあった。 男子の硬い体。莉子の体は途端に熱を帯びる。驚きと共に湧き上がったのは、彼氏への罪悪感。慌てて体を起こそうとしたが、智にギュッと抱き締められて動けなかった。 「……智?」 呼びかけても、返事はない。黒板の上に掛けられた時計の秒針が時を刻む音に、莉子の心臓の音が余計に速くなった。 じわじわと感じる、智の体温。抱き締めてくる腕の力強さ。 突然突きつけられた感情に、どう反応していいのか分からない。 「は……離して」 緊張して声が震える。胸を押すと、ようやく彼は莉子を離してくれた。 「夢、叶うといいね」 智の表情は長い前髪に隠れて見えなかったが、口元は寂しげに笑っていた。
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