三年生。九月

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莉子は画像と智を交互に見た。 「どういうこと?」 「俺の目は『赤』が判別できないんだ。『色覚異常D型』っていうんだって」 「……え」 話を聞いて愕然とする莉子に、智は両手を振って嫌な空気を散らした。 「別に死ぬわけじゃないから。まあ、だからトマト農家を継ぐにはちょっとね。いちいち熟れてるか味見してたら商品なくなっちゃうし」 あはは、と明るく笑うと、智は目を逸らして机の上のプリントを手に取った。 笑顔で黙ったまま字面を見つめる智。口だけは何とか笑みを受けべていた。 これ以上、話したくない。 智にそう言われているようで、莉子は何も言えず俯いた。 「……帰ろっか。俺、曲作りする」 「う、うん」 動揺した莉子の気を紛らわすため、智は戯けて自分の頬に人差し指の先を当てる。 「名曲できたら、ご褒美にほっぺチューね」 「はあ!? 何言ってんの!?」 反射的に込み上げる、恥ずかしさを押し隠した怒り。それを噴火させながら莉子は立ち上がり、先に教室を出た智の背中を追った。 掛ける言葉が見つからず、いつもよりも息苦しさを感じながら、ヒョロリとした体に纏った白いシャツを見つめる。 切なくて胸を押さえたのは、さっきの智の体の硬さを思い出したからなのか。それとも、智の本当の夢を叶えられないやりきれなさを感じ取ったからなのか。 ーーあたしに何かできることがあればいいのに。 莉子は惨めな気持ちを、鞄の取っ手を握る手に込めた。 「今度一緒に、動物園行こ」 眩しい夕陽に顔を顰めた莉子に、智は手を振った。小さくなっていく後ろ姿を睨みつけながら、莉子は口を尖らせていた。抱き締められた時の熱をもう一度思い出し、顔が火照る。なぜか涙が滲んだ。 カバンの中からメールの着信音が鳴った。彼氏の茂木からだった。 『あれから考えたけど。お前俺といる時楽しくなさそうだし、別れよっか』 スマホを握る手に力が入った。 「バーカ」 莉子は小さく呟いた。溜まっていた涙が一筋こぼれた。
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