三年生。九月

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「あら、智。帰ってたの?」 息子の気配に気づいて、母が向こうからやってくる。智は平気を装って笑った。 「お茶持ってきた。ちゃんと水分補給してね」 「ありがと」 「じゃあ俺、曲作りするから」 「頑張ってね」 水筒を渡し、軽快な足取りで庭から自分の部屋まで一気に駆け込むと、智は閉じた扉に寄り掛かって溜め息を吐いた。 真っ赤な西日が部屋に差し込んでも、目に映るのはそれとは違う色。 前髪を伸ばしている原因は劣等感。 自分の目に対する嫌悪。 直視されるのが怖くなった。 のろのろと緩慢な動きでギターを手にし、ボスン、とベッドに座る。扇風機のスイッチに手を伸ばすと、酸素の少ない熱い空気が髪を揺らした。 智の前髪が風に踊る。 脳裏には、傷ついた莉子の顔。 自嘲気味に笑った。 「ごめんね、リコピン」 ノートを開き、ギターのコードを書き留めていく。 明るい曲を作る気分にはなれなかった。
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