Libreria SAHARA

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 (しきがわら )の街は雨上がり。  黒々と湿気った御影石が放つ蒸気が霧を生み路地を這う。  点々と灯る非常灯の橙色を反射させる水溜りが、むき出しの脚を引きずるように運ぶ少女の姿を映し出した。薄い水鏡を彼女が踏み抜く度に、波紋が広がり、彼女自身を打ち砕く。  ここは、地下都市インブリアム。  秀でた才能を持つ限られた者たち〈ブレインズ〉が叡智を集結させて作り上げた、地球温暖化に対応出来なかったはかなき人類の最後の砦である。  その閉ざされた世界ではおよそ100万の人が暮らしており、詳細に指定された行動範囲の中で繁殖計画にのっとった人間関係を築き生活をしている。  彼らは厳しい基準に添って精神や心身の健全さを管理され、一定水準に満たないと判断された者は〈アンノウン〉扱いになり即時に〈リプレイス〉される。  一方、清く正しく健やかに命を全うせんと尽力する者には的確な〈キャスティング〉が施され、安らかな〈フィナーレ〉を迎えるその日までを穏やかに生き延びる事ができるのだった。  少女はその重たく濡れそぼったスカートの裾を見る限り、先刻までの雨に打たれたに違いだろう。無防備なつま先には血が滲み、腰まである長い髪は縮れてあちこちからまっていた。  夜の闇を生み出す消灯時間帯の外出は治安を守る為に禁じられている。夜間降雨モードの運転を終えた硝子質の丸天井は、あと数刻もすれば暁光モードに切り替わり、E極の端から順に白んでくるはずだ。彼女ような〈アンノウン〉が白日の元に晒されれば、すぐにでもブレインズのアシスタント達が飛んできて、地表施設へと連行される事になっている。  突如、辺りは空気の流れすら押し黙った。立ちすくんだ少女が見つめるその先には、ぼう、と朱くにじむショーウィンドウ。行く手を阻む霧をかき分け、少女はその不確かな目当てに向かって力を振り絞った後、音も無く膝から崩れ落ちた。  ショーウィンドウに飾られていたのは、一冊の本。  繊細な文様が箔押しされた表紙はタイトルすら無くひたすらに無言。  軒先に掲げられた看板には、こう記してあった。 『リブレリア・サハラ』
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