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身代金
翌日、愛車の旧型シボレーを飛ばして、また藤川邸へ向かった。
屋敷の中に入ると、刑事の数がやはり増えていた。
そりゃそうだろう。
俺という、
犯人からの連絡があったのだから。
またしても。
俺は実は、午前中に、藤川邸にもう一度電話をかけていた。
今度は、身代金の受け渡し場所と、その時間や受け渡し方法について話した。
GPSによる探知を逃れるために、二箇所の公衆電話から(もちろんバラバラの場所で。シボレーを飛ばして、かなり距離を置いた)用件を話し、指示を出した。
逆探知出来ないように、2回に分けて極めて手短に話して、電話を切った。
そこから少し時間を潰してから、明治通りを通って、藤川邸にやって来たのだ。
しかし2回の電話で、ちょっと気になるところがあった。
どう考えても、あのデカ長が細かな演出を夫人にしているようには思えないのに、夫人の返答の様子が、気のせいかも知れんが、ちょっと変に感じた。
もちろん、それは犯人が、自分の雇っている探偵であることに、夫人が気がついているというのではない。
そうではなく、こちらの言うことに、ハイ、ハイと素直に応える言い方が、少し強すぎるように思えたのだ。
まあとは言え、この夫人は、ちょっと感情的になりすぎる性格である事は知っているし、我が子の命に関わることなのだから、平然と応えるわけがないので、これは俺の気のせいかもしれない。
むしろ、こっちがいよいよ本格的な取引を前に、緊張していただけなのかもしれない。
まぁ多分きっとそうだろう。
俺は出来るだけ、冷静になることを心がけようと思った。
物事を簡潔に行う事は大事だが、何といっても焦りは禁物だ。
俺は藤川邸に行く前に、少し車の中で時間を取った。
少しはのんびりした気分を味わおうと、ラジオをつけて、ジョージ・シアリングの演奏を聴いた。
今の自分にはぴったりの演奏だった。
藤川邸では、デカ長たちが何かごちゃごちゃと話し合っていたが、何を話しているのかはわからなかった。
例によって、見事なプロポーションを、レザー系のブラウスに包んで、あちこち張り切った曲線を描いている夫人は、その刑事たちの様子を黙って見ていたが、急に腕組みをして悩み込んだようなポーズを取った。
腕を胸の上で組んだので、大きな乳房がせり上がってさらに盛り上がり、はち切れんばかりの迫力を出していて、ドキっとした。
俺はただの男らしい欲望から夫人の方に近づいていき、夫人と真正面で向き合った。
「事件がまた動き出したみたいですね」
俺は、自分が一番分かり切っていることを、わざわざ聞いた。
「え?ええ、まぁ」
夫人はせり上がって、巨大な乳房がほとんど見えてしまいそうなのを全く気にせずに、何か考え事をしているみたいだった。
「犯人から連絡はあったんですか?」
「ええ、まぁ」
やはり反応がおかしい。
きっとあのサイみたいに暑苦しいデカ長に、部外者に事件の詳細については話すな、とでも釘を刺されているのかもしれない。
「デカ長さんから、あんまりペラペラ喋るなとでも言われてるんでしょうが、刑事の数が増えましたし、事件が動き出したのは丸わかりですよ。あなたは私の依頼人なんだから、少しは話してくれてもいいんじゃないですかね?辛いお気持ちはわかりますが」
夫人は私をチラリと見て、少し辺りを見回した。
そして私にさらに近づいて、身体を寄せてきたので、その巨大な乳房のマシュマロのような柔らかい感触を俺にたっぷり味わわせてくれた。
なんて柔らかい
まさに母なる大地のような安らぎが、俺の胸に広がった。
夫人は俺の耳元に、その艶かしい口唇を寄せてきた。
そして小声で囁いた。
「実は夫が誘拐されてしまったんです」
「え?」
「だから、身代金を集めてそのお金を持ったまま、誘拐されてしまったのです」
俺は事態を最初飲み込めなかったが、夫人は極めて真面目な顔をして、そう言った。
午前中に電話した時からの、夫人への奇妙な違和感の正体が何であるのか、ようやくわかった気がした。
「犯人からは、午前中に2回の電話があり、身代金の受け渡しや時間や受け渡し方法について指示がありました。でもお金が集まったと連絡があった夫が誘拐されてしまったんです。そういう内容の電話が、今日朝一でかかってきたのです。本当なら昨日、お金を集めてここに戻ってくるはずでした。こちらに向かっているとも言っていました。でもその後誘拐されてしまったようなのです…お金を持ったまま…。だから犯人に支払うお金が届いていないんです。さっきの2回の電話では何とか誤魔化しましたが、実際にお金がないとなると…息子はどうなるのか…それに主人もどうなってしまうのか…」
夫人はさらに巨大な乳房を、すごい弾力感で俺の胸に密着させて、マシュマロのような柔らかさを、存分に俺に与えた。
実に甘美すぎる感触だったが、俺の頭の中の方は確実に混乱していた。
一体、何がどうなったってんだ…?
俺は夫人に慰めの言葉をかけるのも忘れて、混乱しきった頭の中を、なんとかしようとするのに精一杯だった。
つまり俺の計画は、完全に暗礁に乗り上げてしまったという事だ。
俺が計画した誘拐計画は、とんだ邪魔というか、わけのわからない存在の横槍なのか妨害によって、停滞してしまったってわけだ。
いや、本当は横槍でも妨害でもない。
これは俗に言う、"鳶に油揚げをさらわれた"という、それこそ計画的な作戦に、一杯食ったってことじゃないのか。
口も聞けずに呆然としている俺のそばに、デカ長が近づいてきた。
夫人はすぐに離れて、カウチに座って考え込んでいたが、俺はもう、夫人の寄せ上げられて盛り上がった大きな乳房の谷間を見る元気すら失っていた。
脚を組んだ時の、網タイツに包まれた脚線美も…。
「何だ?ボーっとして」
デカ長が、からかうように、俺の肩を叩いてきた。
何故かニヤニヤ笑っている。
俺は事態の急変を聞かされて驚いたことをデカ長に告げたが、この刑事に俺の内心の本当の動揺を悟られまいと、実はヒヤヒヤしていた。
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