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放課後おやつ論争
図書室には誰もいなかった。どうやらオレが一番乗りらしい。こういうこともあるんだなぁとぼんやり考えながら、司書室へ顔を覗かせる。
「こんにちはー」
声をかけるが、誰もいない。司書先生と事務員さんまでもが留守である。奥の視聴覚室にいるのか。
勝手に「失礼しまーす」と入ると、後ろから「ちわーっす」と軽々しい女子の声が聴こえた。
「こんちは、川上先輩。何やってるんですかー?」
だるそうに言う田中美桜後輩に、オレは眉を困らせた。
「誰もいなくてさ。まぁ、勝手に図書室使っていいと思うんだけど」
「いっつも勝手に使ってるじゃないですか」
田中はケラケラ笑い、司書室を通過していく。
「堤と山本もそろそろ来ますよー」
「うんー……」
オレも出ようとした瞬間、目に入ったものに釘付けになった。
「田中」
オレは司書室から彼女を呼んだ。長い三つ編みが面倒そうに戻ってくる。
「なんですか」
「いいから、ちょっと」
この司書室には図書部顧問が入り浸っている。その机に、丸い饅頭が二つ。丁寧にラップで包み「三時」というメモが貼られていた。
***
「――どうでもいいけど、『おやつ』と『おやき』って言葉、似てるよね」
田中がつぶやくが、誰も反応しない。堤は漢検のテキストを読んでいるし、山本はライトノベルを読んでいる。オレは世界史雑学〈中世〉に目を落としていたが、まったく頭に入っていなかった。
「さて。おやつと言えば何食べる、堤鼓」
名指しされては仕方ない。田中の問いに、堤は「はい堤です」と慣れたように返した。
「そうですね。三時に食べるものなら、私はゼリーやナタデココ、ヨーグルトがいいです。低カロリーですし、夏は特に美味しいです」
黒髪、黒縁メガネの一年生女子、堤鼓後輩は淡々と言った。
「なるほど。いかにも今どき女子って感じね」
田中が腕を組んで頷く。お前も今どき女子のはずなんだけどなぁ、と思うのは野暮かもしれない。
「私はねー、やっぱりおやつタイムは気合いれて食べたいから、きちんとしたものがいいなぁ。和菓子とか! お饅頭も好き! あとは落雁!」
「落雁!? ……っておやつになるのか?」
突然の落雁出現に思わず口をはさむ。田中はヘラヘラ笑って返した。
「あれ、お盆終わったあとによくかじってましたよ~。今年も落雁シーズンがくるぅ」
落雁シーズンなんて造語は初めて聞いた。どうにも返す言葉が見つからず唖然としていると、田中は山本の本を奪った。
「山本はおやつなら何食べる? 川上先輩も」
「うーん」
不満そうな山本勝後輩だが、先輩には逆らえないらしく渋々悩む。
まぁ、おやつにもいろいろあるし、堤のようにゼリー系でも田中のように和菓子系でもおやつはおやつ。スナック菓子も捨てがたいが、あれはやっぱり夜食や小腹がすいた時に限るから……
「三時のおやつは、やっぱりケーキかなぁ? シュークリームも可」
オレが言う。すると、山本も「ですよね〜」と同意した。
そして付け加えるように「あ、自分はバナナやりんごも」と言いかけ、やめる。すかさず田中の目が光った。
「バナナはおやつに入るのか?」
その問いに、山本は目を見張る。
「それは……触れてはいけないので……」
ごにょごにょと何か言った。なんだか怯えている。そんな山本に、オレは軽く笑った。
「何言ってんだよ。バナナがおやつに入るのかっていうのは、」
「あぁぁっ! 駄目です! 川上先輩、それ以上は駄目です!」
椅子から飛びかかる勢いでオレの口を全力で塞ぎにくる山本。
「この謎を解き明かした人は秘密結社に消されるんですよ!」
「分かった、分かったから! 落ち着けって」
秘密結社よりも山本が怖い。本当に怖かった……。
「しかし、三時のおやつって、なんで『三時』なんだろーね」
田中ののんびりした言葉。こっちの死闘には見向きもしない。
「言われてみれば、どうして三時なんでしょう?」
堤が首をかしげた。黒髪ぱっつんのボブヘアが横に揺れる。
「三時に意味があるんですかね」
山本も大人しく話に戻っていく。だが一同、一向に答えが出ない。すると、田中がオレを見た。
「こういうときは川上先輩に頼るしかないよ、君たち」
「ですね」
「こういうときこそ役に立つ」
「………」
まったく、どうしようもない後輩たちだ。オレは「こほん」とおごそかに咳払いした。
「まず、おやつは『御八つ』と書く。八つ時に食べるもの、というとこからきてて、この八つ時が昔の時間で午後二時から午後四時までを指す」
「ほほう」
「ふうん」
「へええ」
田中、堤、山本はそれぞれ感心げに頷いた。
「さすが川上先輩だわ」
田中の適当な称賛に、オレは足を組んでふんぞり返る。
「そりゃあね、この図書室の六十パーセントは読んだからな」
「マジですか! 超やべぇ!」
山本が大げさに驚く。
「あとは辞典と世界史の棚を読んでしまえば制覇だよ」
「なるほど。図書室の棚、端から端を順繰りに網羅しているわけですね」
堤が合点したように手をポンと打つ。彼女は無表情でさらに声に抑揚がないので、驚いているのか感心しているのかいまいち分からない。そんな一年生二人の横で、二年部員の田中後輩だけは白けていた。
「おだてたらすぐ調子に乗るんだから、川上先輩は」
手厳しいな。
いくら肩書が図書部部長と言えども、普段ダラダラしてるだけなんだし、こういう時くらい調子に乗らせてほしいものだ。
「ところで」
山本が手を挙げる。
「どうして『八』が二時から四時なんですか?」
田中と堤に答える気はない。
オレは鞄からルーズリーフとペンを出し、大きな円を書いた。
「昔は日の出から日没までを六等分する不定時法を使ってたんだ」
円のてっぺんに「0」と書き、時計回りに1から23までを書いていく。次に、6を指した円の内側に「六」を置いた。こうして順番に漢数字を書くと0に回帰する。
「右にある六は明け方の『明六つ』、左にある六は夕方の『暮六つ』と呼んでいた。で、ここから偶数だけ時計回りに五、四を置いてって。12は九だね。ここからまた数字が下って八、七、六、五、四」
現代の時計は十二分割で半日だが、昔は六等分で半日である。
「こう見ると、夜中の1から2と昼間の13から15を『八つ』と呼んでいたことが分かるだろ。だから『八つ時』。江戸時代は一日二食だったから活動中の昼、つまり八つ時にお腹が空いて間食をとっていた。それが『おやつ』。もしくは『お三時』」
「ほほう」
「ふうん」
「へぇぇ」
詳しく説明したのに、先ほどとまったく同じ反応をされた。分かってるのかどうなのか。
「じゃあ丑三つ時は?」
今度は堤が手を挙げて訊いた。
オレは脳内の引き出しを片っ端から開けて考える。口は少し重くなった。
「丑三つ時の丑は十二支の丑。こっちは季節と関係ない刻の数え方だ。0から偶数に子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥を当てはめて」
漢字までは咄嗟に思い出せずカタカナで書き、十二支をぐるりと置いていく。
「すると、八つ時に丑がいるよね。で、ここをこう分割する」
1と2、2と3の間でそれぞれ二分割するようにめもりを刻む。
「ここから丑一つ、丑二つ、丑三つと数えていく。要は十二支と時刻を合わせた呼び方で、丑三つ時というのは現在の午前二時ごろを指すんだ」
トントンとペンを叩く場所に全員の目が集中する。
日本史雑学全集を読み終えてて本当に良かったな……。
「じゃあ、丑三つ時は午前三時というわけじゃないんですね」
堤が簡単にまとめてくれる。ようやく山本が「そういうことか」と納得した。
「今とは時間がズレてるから確実とは言えないけどね」
「さすが雑学王。あっさり解決しちゃいましたね〜」
田中はケラケラ笑って椅子の背にもたれた。そして、宙を見上げる。吹き抜けの天井の奥にある窓を見つめ、口をぽっかり開けた。
「ん? でも、結局『三時のおやつ』っていう言葉はどこからきたの?」
「え? だから、三時ごろが八つだからだってば……お前、話聞いてないだろ」
思わず言うと、田中は不審そうに眉をひそめた。
「いや、『おやつ』の由来は理解しました。でも、これだと『おやつ時代』には『さんじ』という言葉がないわけで、だったら『三時のおやつ』という意識も決まりも生まれてこないわけでしょ」
「田中先輩。それは、概念ということですか?」
堤が割り込んだ。田中は笑顔で「そうそう、それ」と机を叩く。山本は首をかしげており、オレは脳内をフル回転させた。
なるほど、そうきたか。
二時から四時までが八つ時なら、わざわざ「三時の」という呼び方をしなくていい。したがって、おやつは三時に食べるという意識も生まれない。「三時のおやつ」という概念は定着しないはずだ。
これにはオレも口をぽっかり開けるしかない。
「言われてみればそうですね。だって、それなら『二時のおやつ』か『四時のおやつ』とも言われそうなものです。『三時のおやつ』だけが定着する意味が分かりません」
細い指で2と4の間を歩く堤。ここで山本が「そっか」と一歩遅れて頷く。そして、笑いながら言った。
「まぁ、言葉は変化するものだから。どっかのタイミングで『三時』を推したんですよ」
「そのタイミングがいつなのかを聞いてるんだよ、山本。ここで納得したらダメ!」
田中が腕を組み、語気を強めて言う。山本は素直に「すいません」と頭を下げた。
「さておき。『三時のおやつ』はいつからそう言われるようになったんでしょう?」
堤が淡々と疑問を投げてくる……が、オレもこの答えは分からなかった。
田中は「なぜ『おやつ』を『三時』に食べるか」ではなく、「なぜ『三時のおやつ』と言われるようになったのか」が知りたいのだ。おやつの語源や不定時法が分かっても、そこから「なぜ」と考えなかったのがオレの敗因だ。
「川上せんぱーい、ちょっと詰めが甘いんじゃあないですかぁ」
田中が追い打ちをかけてくる。無念。
「川上先輩も分からないとなると……これは考えてみる価値ありそうですね」
気を取り直そうとする山本が机に手を置く。そして、早押しボタンのごとく机を叩いた。
「小さいとき、大人から『おやつは三時』と言われて育ったから、というのはどうですか」
その瞬発力は素晴らしい。そんな山本に対し、田中が「あー」とだるそうに感心する。
「学童にいた頃、三時にお菓子が配られてたから自然と『三時のおやつ』が定着してた節はある」
しかし、オレは素直に受け入れなかった。決して図書部雑学王の看板が真っ二つに折られたからではない。
「だったら、その大人たちも親や先生から『三時のおやつ』と言われてたんだよね。遡れば必ず『八つ時』の時代に戻る……ってことは、『八つ時』が『三時』に切り替わった時期か……?」
「なるほど。『八つ時』が『三時』に切り替わったときが『三時のおやつ』定着タイミングなのかっ」
オレが言ったものを田中が全部かすめ取っていった。そこに堤が鋭く切り込む。
「由来や語源は諸説あるものですから一つとは限らないと思います」
「ふむ。それじゃあ他の理由を言ってみ、堤鼓」
これに堤は顎に手を当てて考えた。
関係ないが補足すると、田中はときたま堤のことをフルネームで呼ぶ(理由は語感がいいから)。
「川上先輩の理論だと、二時から四時がおやつタイム。間をとって三時が妥当。でも、『八つ時』とくくられていた二時や四時に食べていた人たちは『おやつ』と呼べないから……」
高速だった堤の口がだんだんとスピードを落としていく。そして数秒考えた後、ぱかっと口を開いた。
「何者かによって、私たちの意識が変えられてしまったんじゃないでしょうか」
「というと?」
田中が訊く。穴を見つけてつつこうとする気満々だ。
しかし、ここで負ける堤ではない。人差し指を立て、説くように言った。
「昔は一日二食が基本だったと川上先輩は言ってましたね。私は一日三食に切り替わった時期と『八つ時』を『三時』に切り替えた時期がほぼ同時だと考えます。朝六時に朝食、昼十二時に昼食、夜六時に夕食、のように三食サイクルを一般化させられたんです」
堤は手書き和時計の15を指した。
「しかし、それまで使われていた時刻法を簡単には変えられません。ということは偉い人ないし政府からのお達しだった。言わば、三食宣言です」
「ほう……」
時代に合わせてシステムが変わったということか。
えぇと……一日三食が基本になったのはいつだったかな。江戸後期だったか。一般化したかはともかく。
考えていたら、堤の言葉が続いた。
「政府は三食システムを導入したい。しかし、日本国民の生活様式を急に変えるのは不可能。では、長く親しまれているおやつ文化を推奨します。ただ、午後二時だとお昼を食べた後、午後四時だと夕食前ですから丁度いい時間を決めたほうがいい。そこで白羽の矢が立ったのが『三時』です。よって、『三時のおやつ』は政府が仕組んだ文化なのです。Q.E.D」
有無を言わせない証明だ。思ったよりもしっかりした解答が返ってきてしまい、田中は圧倒されていた。
「ちなみに、田中先輩は『三時のおやつ』をどう考えますか?」
山本の質問がストレートに入る。悪意がないことが田中に多大なダメージを与えた。
「ええっと……」
後輩二人に対し一人は分が悪い。いざとなったらオレが助け舟を出そう。
でも、こいつの発言で被害を受けているのはオレだ。舟は贅沢か。柄杓くらいならいいかな……なんて、くだらないことを考えていたら、田中の口が動いた。
「そもそも『三時のおやつ』はギャル語なんじゃないかな」
「え?」
思わず口を開いたのはオレだった。
「待って。どこからそんな発想が出てきたんだ」
適当に言ったのか、それとも堤のように田中にも考えがあるのか。
案の定、田中はうるさそうに眉間にシワを寄せた。
「言葉ってのはいつの時代も流行り廃りがあるんですよ。常に新しい言葉をつくる人がいるわけで、平成なら渋谷の女子高生、江戸なら吉原の遊女。流行は女子が作るものだと太古の昔から決まっている!」
「遊女ってギャルなんですか」
山本が真剣に訊く。
説明するまでもないが、遊女はギャルじゃない。いろいろとツッコミたいけど、いちいち言うとキリがないから割愛しよう。
田中は椅子から背中を剥がし、机で指を組んでおごそかな空気をかもしだした。
「さて、時刻法が変わったあとにも『おやつ』という文化は残っていた。お昼を食べてもまだ食べたい。だって、スイーツは別腹。でも、女子はおやつに罪悪感を抱く。ここで『三時』が登場!」
田中の目は真剣で、堤も山本も大人しく話を聞いている。場の空気が慎重になったと同時に田中が低い声で言った。
「『三時のおやつ』は隠語である」
「なるほど。アホか、お前」
突然何を言い出すんだろう。隠語ってなんだよ。
これに対し、田中は「はぁ?」と逆ギレしてきた。
「なんでですかー!」
「まず隠語って言うな」
「私、暗号っていう意味合いで言ったんですけどぉ。あ、もしかして先輩、別の意味で考えてます?」
田中は怒り顔から、何かを悟ったようにニヤリと笑った。
「川上先輩ったら、やーらしーんだー。雑学王も所詮は人の子。平均的な十八歳男子って感じ」
あー……その笑顔、殴りたい。
「いやいや! 自分も川上先輩と同じくそう捉えたんで大丈夫ですよ!」
山本がフォローを入れてくるが、まったくもって嬉しくない。何も大丈夫じゃない。すると、堤が小さく手を挙げた。
「ちょっと、言ってる意味が分かりません」
「分からなくていいよ」
田中が変なことを言う前に話を戻そう。
「で、『三時のおやつ』が隠語ってなんなんだよ」
問うと、田中は渋々といった様子で説明をはじめた。
「基本的に女子は腹ペコな生き物なんです。でも、太っちゃうのは嫌。じゃあ『三時のおやつ』という言葉を使って堂々と食べればいい。三時なら食べても大丈夫だよっていう自己暗示が集団化したんです」
なるほど。そう説明されるとこれもまたしっくりくる。「八つ時に食べていたから『おやつ』と呼ぶ」や「政府の三食宣言」に通じるものがある。
「結局、これも四字熟語や略語みたいなものなんですよ」
四字熟語と略語じゃ意味が違ってくると思うんだけど。
「私的には、四字熟語には隠語めいたものを感じてます。それと同じく『三時のおやつ』も期せずして広まってしまった言葉なのだ」
田中は得意げに締めくくった。すると、堤が手を叩いて称賛した。
「その説、かなり面白いです」
「でしょー? 私はこの説を推すわ」
「いいと思います。『三時のおやつ』をそのまま名詞としてワンセットの単語にしたんですね」
「めいし?」
すかさず山本が訊く。堤が手書き和時計の脇に「名詞」と書いた。こうしてみると田中論も賢く見えてくる。
「いいねいいね、堤鼓ぃ。帰りにタピオカをおごってやろう」
「ありがとうございます、田中先輩」
そんな女子二人の横では、山本がおもむろに何かを書いていた。
「一通り出揃いましたね」
どうやら全員の意見をまとめていたらしい。箇条書きで簡単に書かれている。
・川上……「八つ時」に食べるから
・田中……「三時のおやつ」は隠語(名詞)
・堤……「三時のおやつ」は政府に仕組まれた文化
・山本……大人から子へ伝えられているから
「こう見てみると、くだらないことしてるなーって思うけど、まぁ面白いよね」
山本のまとめを見ながら言うと、田中と山本が「ですね~」とハモる。
その時、背後が急に陰った。
「何の話?」
のどかで柔らかな声で訊くのは、我が図書部顧問の神宮美菜子先生。
オレと田中は目を合わせ、硬い表情で黙り込む。そんな先輩たちに代わり、堤が淡々と説明した。
「三時のおやつはどうして三時のおやつなのかを討論しているのです」
「へぇぇ、三時のおやつねぇ。その由来を調べていると。なんか、いつもより文化的なことをしているのね」
神宮先生は和時計の紙を拾い上げ、そこにメモしていた四人の案を面白そうに読む。
「神宮先生は三時のおやつの由来を知ってますか?」
山本が無邪気に訊く。すると、先生は「もちろん」と自信満々に言った。
「三時のおやつがどうして『三時』なのか……それはね、カステラのCMよ」
「え……?」
思わぬ答えに一同、目をぱちくり開いた。対し、先生はあっけらかんとした顔で笑っていた。
「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは~っていうCMがあってね、それで『三時のおやつ』が定着したのよ。まぁ、三時に食べれば太りにくいって話もあるんだけれどね」
「えぇ……」
まさかの答えに、全員の目が「なぁんだ」と座っていく。
「ちなみに、先生はおやつなら何が好きですか?」
投げやりな田中の問いに、再び緊張が走る。オレは固唾を飲んで見守った。
「まぁ、食べたいときに食べるのがおやつだからなんでも好きかな……あ、今日はおやきを持ってきてたんだった。三時に食べるのを忘れてたわ」
両手で口元を隠す仕草が微笑ましい。
それを合図に、オレは時計を見た。現在、十七時。八つ時もとっくに過ぎている。
「さてと。帰ろっかぁ」
オレの声により、部員全員が素直に立ち上がる。
「堤、タピオカ買いに行こー」
「分かりました」
「じゃあ、自分もそろそろ帰りますね」
堤と山本もいそいそと帰り支度をする。神宮先生は「気をつけてね」と和やかにオレたちを見送った。
……先生はまだ知らないんだろう。机の上にあった「おやき」がなくなっていることを。
「意外にもバレませんでしたね」
「多分、確認せずに司書室を通過してオレたちの会話に入ったんだろうな」
「だから言ったじゃないですか。自分らのじゃなくて、あれは司書先生と食べるためだって」
「ま、美菜子せんせーなら許してくれるよ、きっと」
楽観に言うけれど、果たしてそうだろうか。
「どうだろうなぁ……食べ物の恨みは恐ろしいって言うし」
靴を履きながら、オレは罪悪感たっぷりに言った。
きっと、この場にいる全員が「明日、怒られるかもしれない」と予感している。
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