レッド・アイで乾杯

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レッド・アイで乾杯

「ここは、何処。僕は、僕だけど。」  眼を覚ますと僕は見知らぬ部屋のベッドの中にいた。それだけではない。横に背中を向けた赤い髪のセミロングの女が寝ている。裸の背中が妙に色気があるんだけど、どこかで見た記憶がある。これって、既視感。  僕は上半身が裸なのは見ないでもわかるが、下半身はわからない。恐る恐るシーツをめくって確認すると、やはり裸だった。ビフォーかアフターかは、わからない。僕が必死に記憶を呼び覚ましていると、横の女が目を覚ました。 「おはよう。もう、起きたの。」  僕の方に寝返りを打った女の顔を見て、俺は驚いた。恋人の和田 令美(わだ れみ)だったのである。令美は、同じ会社の受付嬢をやっている。僕とは同期で、入社した年から付き合っている。 「どうして、君が。」 「嫌ねえ。覚えてないの。高校の同窓会に参加して、二次会で、私に電話してきたのよ。」 「ええっ。」 「電話でも何を言っているのかわからないくらい酔っぱらっていてさ、タクシーで慌てて飛んで行ったら、心配した通り、一人で立てないくらいベロンベロン。もう、運転手さんに手伝ってもらって、大変だったんだからね。」  思い出した。昨夜は十年ぶりの高校の同窓会だった。一次会までは記憶がはっきりしている。何故って、初恋の相手で元カノの平 成美(たいら しげみ)が新婚ホヤホヤでノロケ話を横で聞いていたから。元カノのお相手は、やはり同級生の地味で真面目だけが取り柄の学級委員長だったのである。成績優秀、スポーツ万能でイケメンの幹事を務める大木 正志(おおき まさし)なら、許せるんだけどな。  同窓会は、二人を肴に盛り上がったが、僕は正直面白くなかったんだな。それで、いつもより飲みすぎて、その上、「あなたのことが、ずっと好きだったのよ。」と、名前と顔はもう忘れたけど、ある女の子にコクられて、速攻でキョヒって、令美に電話したんだった。 「思い出した。迷惑をかけて、ゴメンなさい。」 「ううん、全然。それより、昭(あきら)君、昨夜のこと思い出した。」  俺の瞳の奥まで覗き込むように令美の顔が、僕に迫る。赤いリップが、セクシーで魅惑的だ。 「それが全然記憶がないんだ。僕の人生で初めての経験です。」 「そうよね。私もあんなにベロンベロンに酔っぱらった昭君を見たの初めて。 飲み会ではいつも幹事を務め、場を見事に盛り上げ、清算から見送り、最後まできちんと責任を果たしているもんね。」  そうなんだ、この僕、三和 昭(みわ あきら)は、酒で乱れたことなど一度もないのが自慢だった。会社「JI・MEI」でも、営業部での仕事ぶりは上司に高く評価されていて、専務の娘さんとのお見合い話もあるくらいだ。 「でもさ、すごかったよ。いつも、どちらかというと私がリードしているんだけど、昨夜の昭君はもう別人みたいで、凄かったのよ。」 「マジか。」  俺は、唖然となった。勿体無いじゃないか。全然、記憶がないんだよ。 「ねえ、もう一回、いい。」  令美が僕に迫るんだけど、僕はストップをかけた。 「質問が二つある。まず、その赤い髪はどうしたの。」 「もう、忘れたの。昭君がカラオケクラブからかぶって来て、私に無理やりかぶせたんじゃないの。エへ、私もいつもと違う気分で燃えちゃったけどね。」  二度と、あのカラオケクラブには行かないと、心に誓った。 「二つ目、僕は、君に何か言わなかったかい。」 「何を。」 「結婚の話とか。」 「してないわよ。」 「良かった。」  僕は胸を撫でおろしたんだけど、令美の顔が急にこわばった。 「それって、どう意味よ。」  僕は、姿勢を正して、ベッドの上に正座した。 「和田令美さん、三和昭こと僕と結婚して下さい。」 「・・・・・・」  思わぬ展開に令美は、フリーズした。 「こういうことは、しらふできちんと言いたいから。それで、返事は。」 「O・Kに決まってるじゃん。私、ずっと待ってたんだよ。」  令美は、涙目で僕に飛びついてきた。  その後、二人の愛を確かめるように、もう一度枕を交わした。  そして、ルームサービスでカクテル「レッド・アイ」を注文する。  ビールとトマト・ジュース。ちょっと信じられない組み合わせかもしれないが、これがさっぱりとヘルシーなんだな。二日酔いの迎え酒にも朝食代わりにもいいんだけど、生卵を忘れてしまった。  テレビをつけると、ちょうど新元号「令和」のニュースが流れている。  俺たちは、レッド・アイで二人の明るく輝く未来に乾杯した。
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