8人が本棚に入れています
本棚に追加
冬休みに入り、束の間勉強から解放された司は自宅で炬燵にくるまっていた。スマホで萌奈たちと連絡を取ったり、動画を見たりして過ごしていると、
「司!またそんなゴロゴロして!少しは外に出たらどうなの。」
母親からクレームが入るが司は炬燵から離れる気はない。
「だって外寒いじゃん・・・。」
「友達と遊びに行けばいいでしょ。ショッピングモールとかカラオケとか。」
「そこに着くまでが寒い。」
母親は呆れたようにため息をついた。
「あんたがいると掃除ができないのよ。ほら、せめて炬燵から出て、部屋行きなさい!」
「えー・・・。」
ぐずぐず言いながら、司はなんとなく母親に従った。部屋へ行くとひんやりとした空気に出迎えられる。
(やっぱ寒いなー。)
司が暖房を点けようと近寄った瞬間ーーー。
「司ー、電話ー!」
廊下から母親の声が響いた。電話に出ると、萌奈からだ。
「司!今暇でしょ?遊び行かない?」
受話器に耳を当てると同時に萌奈の声が頭まで響く。司は呆れながらも了承した。寒いけど、萌奈と遊びに行くのなら構わないか。
(お母さんにも出掛けろって言われてるし。)
「それじゃあ、また後でね!」
電話を切って、支度をする。学校の鞄ではなく、出かける時用の鞄を手にしてなんとなくマヨケ様を付け直す。完全に信じているわけではない。それでも、あった方がいいはずだ。司は家を出て、待ち合わせ場所の喫茶店に向かう。
喫茶店では既に萌奈がチョコレートパフェを食べていた。
「美味しそうなの食べてるー。」
「いいでしょ~。」
司もメニューを開いて、イチゴパフェを注文する。待ってる間、萌奈の好きな人の話になった。
「どんな人なの?花たちには秘密にしとくからさ!教えて!」
「嘘だ~。司絶対、花たちに言うもん!」
「そんなことないって。」
「ありますー。」
イチゴパフェが届いても話題は変わらなかった。萌奈のチョコレートパフェと交換しながら、すっかり甘くなった頭で恋ばなが加速していく。時間配分あっという間に過ぎていった。
「もー、服見に行きたかったのに。パフェ食べて終わっちゃったじゃん。」
「ごめんごめん!また今度見に行こ?」
萌奈が拗ねるので、次に出かける日を決めて、二人は別れた。
(結局、萌奈の好きな人教えてもらえなかったなー。)
そんなことを考えていると、何やら家の方が妙に明るいことに気がついた。
(なんだろ?火事?)
空の明るさに胸騒ぎがする。まさか、うちじゃないよね。そんな期待は裏切られる。司は足を早めて自宅へと急いだ。
「離れてください!」
「危ないですから、近づかないで!」
警察と消防士が野次馬を押さえていた。司は人だかりの間に身をねじ込む。一番前の列に着くと、そこから見えたのは今朝まで自分がいたはずの家だった。炎が煌々と、濃紺の空を染めている。あまりの光景に司は言葉を失った。
「救急車着きました!」
「怪我人を早く連れていって!」
怪我人がいる。司は周りを見渡した。母親がいない。血の気が引いた。タンカーが見える。司は飛び出した。
「お母さん!お母さん!!」
「ちょっと君!危ないから下がって!」
「この家の方ですか?」
警察二人に押さえられる。司がこの家の人間だと訴えると、パトカーで病院へ送ってもらうことになった。
「なんで救急車には乗せてもらえないんですか?」
司の質問に警察は少しの間口をつぐんだ。
「・・・その、君のお母さんは爆発したすぐ近くにいた様なんだ。」
「爆発って、どういうこと?お母さんは、生きてますよね?!」
「落ち着いて。ひとまず病院へ向かいましょう。」
答えをはぐらかされたまま、病院へ着くと既に手術室へ入った後だった。
「お母さん・・・。」
どうしようもないやる世なさに司は祈ることしかできない。そこへ、父親がやって来た。会社から慌てて来てたのか、息が上がっている。顔も真っ青だ。
「司、母さんは?」
「わかんない。どうしよう、お父さん・・・。」
彼女は今にも泣きそうな声で答えるのがやっとだった。父親もそれ以上は訪ねてこない。静かに司の隣へ腰かけた。胸を締め付ける沈黙が不意に終わりを告げる。
「笹山さん、ですね?すいません少しお話が・・・。」
父親が警察に呼び出された。再び一人になった司は足元を見つめてみる。鞄に付けていたマヨケ様が揺れた気がした。
「・・・マヨケ様、付け直さなきゃよかった・・・・。」
不安や恐怖は大きな罪悪感へと変わる。それが、異常な信仰心だと司にはわからない。母親に何かあったらどうしよう。司の頭はそれだけしかなかった。そこへ電話がかかってくる。相手は萌奈だった。
「・・・もしもし?」
「もしもし司?さっきニュース見たら、司の家の方で火事があったって流れてて!大丈夫?」
「・・・どうしよう、お母さんが、今手術してる。私、私がマヨケ様付け替えたから・・・!萌奈、どうしたらいい・・・?」
震える声につられて、目には涙が浮かぶ。口に出したことで、実感が迫ってきたのだ。怖い、怖い、苦しい。
「司?落ち着いて、何言ってるのかわからないよ・・・。」
「ごめん、でも、私のせいかもって、そう思ったら怖くて!怖い・・・怖いよぉ。」
「大丈夫だよ、きっと!お父さんは?いないの?」
「警察の人と話してる。お母さんにもしもの事があったら、私・・・!」
司の言葉を遮るように、萌奈は言った。
「・・・ごめん。今は話せそうないね。また明日かけ直すから・・・それまでに、元気出してね?」
お休みなさいと呟いて、電話は切れた。悪夢のような夜が司に絡み付く。
最初のコメントを投稿しよう!