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数日経って、アキの左目の眼帯も、頬の湿布も外れた。
しかしアキ自身その見た目にかなりショックを受けているらしく、眼帯、湿布なしで登校してきた最初の日は不機嫌だった。
なるほど目の周りが赤黒く変色している。今後それが少しずつ薄くなって、そのうちきれいに治るだろうと医者には言われたそうだが、アキは半信半疑である。
「これ、本当に痕消えんのかなあ。このまま残ったりしたら超最悪」
「大丈夫だって。ちゃんと治るって言われたんだろ」
「そうだけど、万が一ってこともあるじゃん。もし残ったらどうしてくれよう」
トイレに行ったりしたら長いこと鏡を見て不平を垂れ流しているので、陸人も苦笑する。
「大丈夫だよ、俺は気にしないし」
「お前が気にするかどうかなんてどうでもいいんだよ。俺が気にすんの」
容赦ない反撃に遭う。
陸人は周囲を見回して、ひとまず誰もいないことを確認してから、アキの肩に腕を回す。
「アキ、まだ痛む?」
「ちょっと。腫れは引いたけど」
「そか」
そうして、痛い方の頬に軽くキスしてしまったのは、そろそろ飢え始めているからかもしれない。
怒るかと思ったアキも、逆ににやにや笑っている。
「なーに、校内でいちゃいちゃしていいのかよ」
「よくないけど、お前があんまり気にしてるみたいだから慰めようかなって思って」
「キスなら口にしろよ」
「なに言ってんだよ、それはしねーよ」
とか言うくせに、陸人はアキの腰を抱く。我慢しきれずに、首筋に口づけしてしまう。
「ばかじゃねーの。口にするより危ねーよ」
アキが笑う。
際どい接触。この頃ふたりとも、どうも油断しているようだった。
とはいえ、ふたりの気がかりはまだまだあった。
まず信崎啓吾である。ふたりでアキの家まで帰ると、大抵物陰にあの男が隠れていた。その姿を認めてアキが身を強張らせると、陸人はそっとアキの手を握る。
「大丈夫」
「……うん」
アキが陸人と一緒にいるとわかると、信崎啓吾は何も言わずに姿を消した。どうもあの日以来、陸人を勝てない敵と認識したようである。だが、もしアキがひとりだったらどう出るかわからない。陸人は万難を排して毎日アキを家まで送り、母親が帰ってくるぎりぎりの時間までともに過ごした。
ちなみに、陸人は自分の母親にも最初の日に説明している。
「これからしばらく、毎日友達の家で勉強するから」
その言葉を母親が信じたかどうかはわからない。夕食まで食べてくると知って目を白黒させていた。
勉強しているのは本当のことではある。
眼帯が外れた日、アキが言ったのだ。
「今日病院行ってきたんだけど、ちょっと訊いてみたんだよな。医者に」
「なにを?」
「セックスしてもいいですかって」
「はあ? お前マジでそれ訊いたの」
「訊いた訊いた。そしたら怒られたわ。そんなこと考える暇があったら安静にするか勉強でもしてろって」
「そりゃ怒られるって。医者もからかわれたとか思ったんじゃねーの」
「そうかもな。でもまあ、医者がそう言うんだし、もうちょっと治るまで本当に勉強しようかな」
なぜか変なところで律儀なアキが勉強することにしたので、陸人もそれに付き合っているのだった。
が、当然のように、勉強だけでは飽きてくる。
「いつまでしないって決めとくか」
アキが言い出して、陸人は顔をしかめた。
「なんで決める必要があるんだよ。痛くなくなってきたらそのタイミングでいいだろ」
「お前が我慢できるかどうか賭けをする」
「はあぁ? 怪我も治ってないのにするほど鬼畜じゃねーわ」
「さーあ、どうかなあ?」
アキがばかにするので、陸人もむっとして言い返す。
「よし、じゃあ決めようぜ。2週間しない」
「2週間? じゃあ、再来週の月曜に解禁ってことにするか」
「おう」
「じゃ、それより前にお前がやらしいことしだしたら俺の勝ちな」
「いいや、しない。絶対しない」
などと、ばかばかしい言い合いをした後で。
陸人が首を傾げた。
「アキ、賭けるってなに賭けるんだよ」
あ、と、アキも声を上げる。
「考えてなかったわ。どうすっかな。おやつとか飯とかにする?」
前だったら、ドーナツにする? という台詞も、ここに入ったのかもしれない。アキも陸人も、甘いものはそこそこいける口だ。
が、ドーナツもドーナツ屋も、いまでは近づきたくない場所になってしまった。信崎啓吾を思い出すからだった。
「おやつって言ってもなー……」
考えあぐねる陸人に。
「あ、俺、思いついた。ゴムにしよう。ゴム12個入り1箱」
いやらしい顔でアキが言う。
「それ賭けになんねーよ。いっつも俺が買ってんじゃん」
「だから、お前が勝ったら俺が買っといてやるって言ってんの」
「だめ。却下」
散々くだらないことを言い合った後に、結局決まったのはスポーツドリンク1本という、2週間の代償にしては少額なものだった。
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