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ささやかな関係
背が高く、どことなく厳つい印象を受ける男。
身体つきはがっしりしている。自分たちよりもいくらか年上のようだ。アキを見る目は鋭いが、甘ったるい熱情を孕んで、ねっとりとまとわりつくかのようにも見えた。
その目が陸人の上に留まり、一瞬ぎらりと光って、陸人はたじろいだ。
何だ、こいつは。不愉快極まりない。
「彰尋」
男が、アキの名を呼んだ。きちんと発音されたその名を聞くのは久しぶりである。
親しげなくせに、男は渾名を使わない。陸人ばかりではなく、少し仲良くなればみんな「アキ」と呼ぶのに。そこが、陸人には変に引っかかった。
アキが、小さく息を吐く。
「今日、約束してたっけ」
男は頭を振った。
「いや。でも会いたくなって、そろそろ終わる頃かなと思って待ってたんだ」
「うちの前で? 親が帰ってきたらどうすんの?」
「親は共働きで仕事ばっかりしてるから遅くまでいないって、彰尋が自分で言ってたじゃないか。大丈夫、彰尋の前に誰かが来るようだったら帰ろうと思ってたよ」
笑って言う男の、雰囲気がどこかおかしい。
どこがどうおかしいと説明はできないが、口元では笑っているのに目は笑っていないように思えるのだ。嘘をついている、と言う匂いが、ぷんぷんと漂うのである。
音は数歩こちらに近付いた。いやに威圧的だった。
「……知り合い?」
こっそりと、陸人はアキに尋ねる。
「……まあね」
アキは曖昧に答えた。
「じゃあな、陸人。また明日」
「えっ?」
陸人は思わず訊き返してしまった。
アキはじっと陸人を見つめる。
「なに、なんかまだ用事でもあった?」
有無を言わさぬ調子だった。
無論、言いたいことはいろいろとある。まだまだ話は足りない。だが、いまのアキはこれ以上何も言うなと目で制していた。
「いや……。じゃあ、また、明日」
歩き出した陸人は、男とすれ違う。男の視線が値踏みするように陸人の身体を行き来した。
「着替えてくるから、ちょっと待ってて」
アキの声が後ろから聞こえた。振り返ると、男が馴れ馴れしくアキの肩に触れている。
「そのままでもいいよ、彰尋」
男は鷹揚に言ったが。
「そういう訳にも行かないよ」
アキはそう言うと家に入ってしまった。
陸人やアキが着ているのは高校の制服だ。夏服だから半袖のワイシャツにグレイのスラックス、胸ポケットには校章。どこかへ行くにしても、どこの生徒かすぐにわかるのだ。
ポケットに手を突っ込んだ恰好で、男はアキを待っている。これからアキをどこに連れて行こうというのか――だが、それを当てるのは、そう難しいことでもないように思う。
男ともしたことがあると、アキは言っていた。
ということはつまり、あれはアキの恋人と見てほぼ間違いないだろう。
アキの恋人。
アキが、セックスしている相手。
唐突に陸人は立ち止まった。自分で考えたことが、自分の胸に深々と突き刺さる。アキに彼女がいた時は別段何とも思わず、若干羨ましいというだけだったのに、いまは耐え難いくらいに鳩尾が痛んだ。
「何だよ、これ……」
陸人は苦しく零した。
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