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偶然雨だったので、そして偶然私が傘を忘れたので、そういう仕方のない正当な理由で、私は彼女の傘に入っているのだ。
他に、何もやましいことなどない。
「ねえねえ、傘ってさ、結構視界が狭くなるよね。」
慌てて緊張を和らげようとする私の心の内を知ってか知らずか、彼女は無邪気に話しかける。
「それが、どうしたの?」
「つまりさ、こっちから見えずらいってことは、中の人の頭も外からはよく見えないってことだよね。実際、あの二人もよく見えないし。」
彼女が同じように相傘をして前を歩く二人を指さす。あそこは普段からくっついてるから、相傘でも結構違和感ないもんだな……
「それで、さ。見えないってことは、あの二人が傘の中で何をしていてもおかしくないわけじゃない。キスとか。」
「――っ!さ、流石にないでしょ。向こうだって女の子同士なわけだし。」
不意打ちがクリーンヒットしてしまって、思わずむせそうになってしまう。とりあえず否定しよう。――と、言い終わって気づいた。『向こうだって』ってなんだよ、『向こうだって』って!
「いや、あくまでただの例え話だよ?猫を殺そうとするよりは平和でしょ。」
私にとっては平和じゃないんだってば。まあ、私のミスには気づいてないみたいだし、いっか。
「てか、あの二人本当に怪しくない?」
「いや、だからないでしょって。」
視界だけではない。雨で、音さえも閉鎖されている。
このちょっとした密室で、彼女は私の気持ちに気づかない。
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