一章:嘘を嗅ぎ別ける男

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 「―――ふうん」と六松は気の無い返事をした。お前がつい最近までいた店だろう、と突っ込めば、「聞いた事はありました」と、どうにも素っ気ない。  まあ、十年前なら、まだこの子供は生まれたばかりだ。実感は湧き辛いだろう。  ――――「手前を親分の手下にしてください」  そう言って、六松が忠左の家に来たのはほんの数日前だ。「帰れ」「無理だ」と断っても、六松は頑として動こうとしなかった。首根っこひっつかんで井筒屋に連れて行こうとすれば、――まあ、素早い事、素早い事。忠左の息の方が上がってしまった。  そうしてさっさと彼は忠左の家の中に入ってしまうと、こちらに向かって改めて頭を下げ、「おかえりなさいませ、親分」、などとのたまったのだ。  家に入って気づいたのだが、部屋の中は随分と綺麗になっていた。埃のたまっていた床はぴかぴかと輝いて、天井にあった蜘蛛の巣が消えている。放りだしたままだった布団と寝着はきちんとたたまれていた。。  随分と旨そうな匂いが鼻孔をくすぐって、ここ最近溝臭い匂いばかりを嗅いでいた忠左の腹が盛大に鳴った。  唖然となる忠左の頭上で、ふるりと小さく脂肪の塊が揺れた。六松は忠左の頭上を見て、鼻頭を掻いた。  忠左の総身が震えた。舌がからからに乾いた。  また、見ている。お初を見ている。そうして今度は、忠左とまっすぐ目線を合わせて、得意げに笑ったのだ。  「親分、後ろ暗い事があるんでしょう?手前を置いてくれないっていうのでしたら、手前は誰かに話してしまうかもしれません」  情けない話だが、―――忠左はその場でひっくり返った、らしい。  らしい、というのはその辺りの記憶が曖昧だからだ。気が付いたら、布団の中だった。  真上にはいつものごとくお初が浮いていた。ぶよぶよと膨張した顔をこちらに近づけて、玉簪の絡まった、濡れ乱れた髪をゆらめかせて。  鼻がつきそうな程、間近にあったお初の顔をまともに見た。その口の中に藻が茂っているのまではっきり見えてしまって、忠左は二度目、気絶した。  結局忠左は明くる朝の、六松が朝食に起こしにくるまで、―――久々に、本当に久方ぶりに。―――――――深く寝入っていた。
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