一章:嘘を嗅ぎ別ける男

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 起きてみれば、六松の根回しは呆れるほど見事だった。忠左が寝ている――気絶しているともいう――間に、近所に挨拶してまわり・・・  「新しく忠左親分の手下になりました、六松と申します。行くあての無くなった己を、親分は哀れみ拾ってくださいました。これよりは御恩に報いる為にも、誠心誠意、親分に仕える所存です」  などと触れ回ったらしい。  神妙に語る六松に、まず長屋の女たちが同情してしまい、度々忠左の家に、六松の様子を窺うようになってしまった。――拾った覚えも全くなければ、行くあての無い、とは何の事だ。  こめかみを痙攣させる忠左に、六松はけろりと「店から長の暇をいただきました」と、のたまった。  念の為、井筒屋にはこっそり木戸番を走らせたのだ。  自分が直接行こうとすれれば、六松に悟られてしまうだろう。近場の外出さえも「親分、仕事ですか」、と素早く忠左の荷物を抱えた六松が玄関に立っている。  六松は忠左の『後ろ暗い事』の何を知っているというのか。いや、お初の事が見えるのだ、そこに関わるのは間違いあるまい。  広徳寺の霊験あらたかな和尚などは、霊の類を見通し、どんなふうに死に、どのような心残りがあるのかまで、一目で分かってしまうのだという。  六松が、そんな徳の高い僧侶と同等とまでは思わないが、確かに彼の纏う雰囲気は同じ年頃の子供達とは違った。  異様に落ち着ているというか、肝が据わっているというか・・・。素直に子供らしくない。  思い出すのは、主人の死体の前でも堂々と飴を口に入れた六松と、そしてそれを叱りもせず、できる限り視界に入れないようにしていた嘉吉とお結の姿だ。そも、離れにいた理由からして、『休憩していた』というのがおかしい。普通ただの丁稚を、堂々と奥の離れで休憩させてやったりしないものだ。何らかの事情持ちなのは間違いない。  忠左としては、怨霊憑きの御用聞き、なんて噂が立つのは御免こうむりたい。そうなれば、忠左の評判など地に落ちるだろうし、鈴木もついに忠左を見放すだろう。――お初が死んだ原因が、他ならぬ忠左ならなおのこと。  だから、井筒屋の迎えを待った。心待ちにした。  ―――結局、いつまでたっても迎えの一つ、様子見すらもなかった。  六松も当然のように、忠左の家に居続けた。鈴木から、井筒屋先代の息子、弥吉の話が聞けそうだと知らせが入ったのは、そんな中である。  もう直接返してしまおう。その方が早い。  六松に、井筒屋に話を聞きに行くぞ、と伝えれば・・・意外にも六松は抵抗もせずあっさり頷いた。  今回も「親分、仕事ですか?」とけらりと笑って、忠左の羽織を差し出し草履を並べて、「こういう時、火打石でもならすのですか?」と。――おれは火消しじゃねえ、とその小さな頭を小突いたら、何やら嬉しそうに、けらけらと六松は笑い続けるのだ。  変なガキ。気の抜けないガキ。大人のような振る舞いを見せると思ったら、たまにこんな風に子供っぽい。  「言っておくが、お前は井筒屋に帰るんだぞ」  「言ったじゃありませんか、 手前は井筒屋から長の暇をもらったんです。もう戻れませんよ。  現に親分が木戸番走らせても、迎えも何も無かったでしょう」  知ってやがったか。と舌打ちする。可愛げのない子供は、「手前もなかなかやるもんでしょう」と小憎たらしく胸をはってみせた。  「自分から切り出して引っ込みつかねえってんなら、俺から話をしてやる」  「無理無理。無理ですよ、親分。皆手前がいなくなって安心している頃です、そこに返しますなんて、全力で拒否してきますよ」  「お前、自分の事だろうに・・・・」  「自分の事だからこそ、分かるんですよ。」  「なら里は!?故郷はどこだ。」  「ありません」   「無いって事はないだろう!」  「母が亡くなり、帰る所はありません」  「~~~~~~、なら、差配さんに頼んで、別の奉公先探してもらってやる」  「『後ろ暗い事』」  「――――――――――――――っ」  ――このクソガキ。 背中に冷や水をかけられたような感覚と、何で自分がこんな目にという反感と。  六松を恐れているのも事実だ。だが、この可愛げの無さはどうだ。六松が、幼い見目をしているのもよくない。  子供だから、恐れ切れない部分があるのだ、強気にも出にくい。  忠左はその場で地団駄を踏んだ。六松は静かに、忠左の頭上を見やる。  ――いや、やはりこうやってお初を見られると、忠左は六松を恐れる気持ちの方が勝る。  何とか井筒屋に戻せないだろうか。いや、お初の事を知られているのなら下手には戻せないのか?・・・いやいや、それでも六松と一緒に暮らすのは心臓に悪い。  堂々巡りだ。いっそこの可愛げの無い童を放り出せたら。だが、忠左にできるのは舌打ちくらいだ。――とことん、度胸も威勢もない。  ―――「親分は、本当にいい人ですね」  背後からかけられた、笑いを含んだ子供の声に、言い返す事もできずに足早に歩き出した。  お初のせいだけでなく、重い気分を背負いながら、忠左は今日も今日とてにぎやかな下谷広小路を歩く。後ろを六松が続いた。歩幅が違うから、えっほえっほと早歩き通り越してやや小走りだ。忠左は深々とため息を吐いて、ようやく歩調を落としてやる。
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