一章:嘘を嗅ぎ別ける男

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 ――そうして、追い出されるように井筒屋を辞した忠左は、下谷広小路をぶらつきながら、らしくもなく頭を巡らせた。  あの鈴木が、気圧されていたのがひたすら意外だった。それほど、弥吉は周り全てを切るような、そんな迫力があった。まだ二十そこそこだろうに、随分と辛酸を舐めてきたのだろう。  子供の頃に、両親を一気に亡くして、生家を追い出されて、気が付いたら、その家は叔父のモノになっていた。両親をその手にかけたとも噂されている、叔父に。  あるいは、奉公先でもあまり大事にされていなかったのかもしれない。  本来、他店から修行にと預けられた子供は、他の奉公人とは一線を画す。預かり物のお客さんなのだ。まして弥吉は、元々この店の後継ぎである。  彼が修行に出された呉服問屋は、室町にある。ここからは結構遠く、実際にどんな扱いであったかは、聞こえてきてはいない。  弥吉のそれまでが一変した十年前の火事の日以降、彼がどんな暮らしで、どんな想いで生きてきたのか。――その答えが、今の弥吉を作っているのだろう。  しかしそれはそれで、六松に対するあの態度も気になる。旋毛を見下ろせば、六松の様子は特に変わったところが見受けられない。  「親分が探している人、見当たりませんね」  「ああ・・・・今日、店の外で落ち合う事になっていたんだがな」  伊吉の事である。そろそろなにがしか掴めている頃合いだと、近所の子供に駄賃を渡して繋ぎをつけてもらった。忠左の長屋で、伊吉はすでに顔なじみだ。女達は黄色い声を上げるし、最初剣呑だった男達も、二言三言話している内に、伊吉の口のうまさに乗せられてしまう。  何より子供達の懐きようはすさまじく、伊吉が顔を見せれば、我先にと「遊んで」と駆けていくのだ。伊吉に繋ぎを頼めば、子供達は当の伊吉から玩具や、飴などを買ってもらえるので、望んで繋ぎをやりたがる。普通、目明かしの使いなど、親が顔をしかめそうなものだが、あの伊吉さんなら、とむしろニコニコとした様だ。  しかし伊吉の姿は無い。ならばと、下谷広小路を逸れて、裏通りの中へと歩いていく。  いくつか適当に曲がったところで、きゃらきゃらと子供達の騒がしい笑い声が聞こえてきたので、その出所を探した。
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