今日の約束

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 舞子は寒さの割に軽装だった。厚手のジャケットの下に着ているブラウスの襟から、鎖骨が寒々しく覗いている。 「舞子、マフラーもしないで寒くないの?」 「走ってきたから、暖かいし大丈夫。いや、急に実家から電話が来ちゃって。急いで家を出たせいで、マフラー忘れちゃったんだけどね」  相当焦っていたのか、舞子は息を切らせながら、やけに饒舌な口調で説明した。  待ち合わせの時間は3時だ。私が早く到着し過ぎただけで、舞子の方は時間ピッタリだった。遅刻でも何でも無い。なのに舞子は手のひらを合わせて、「遅くなってゴメン」と謝ってくる。  ――そういえば舞子は、いつも5分前行動をしていたっけ。  几帳面な舞子にとっては、『時間ぴったりに到着』は遅刻に該当するらしかった。 「別に急がなくても大丈夫だったのに」 「だって、寒いのに待たせちゃ悪いから……」  私は返事の代わりに、自分の巻いていたマフラーを舞子の首に巻き付けた。  舞子は一瞬驚いた顔で私を見つめてから、巻かれたマフラーに視線を落とした。「ありがとう」と呟く声はとても小さくて、照れくさそうだった。  頭上のからくり時計が、音楽と共に静かに動きを止めた。
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