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思いきり腕を引っ張られて、オレはぐにゃりと起き上がった。急に動いたせいか、天と地がひっくり返って地面がグラグラ揺れたけど、男の手によって倒れる事は許されなかった。
力ずくで立たせられて、再び男の顔が間近に迫る。でかい目で、じーっとオレを見る。感情のカケラもない、静かな目。
やがて、男がゆっくりと唇を動かした。
「あんた、美人だな」
はあ? なにこいつ、いいトシこいたオッサン相手になに言ってんの?
顔を引っ掻いてやろうと思ったのに、男はいきなりくるりと背を向けて、オレの手を掴んだままずんずん歩きだした。
水溜まりをよけもせずばしゃばしゃと突き進み、水しぶきが顔にもかかった。
足がもつれて転びそうになっても、男は歩き続けた。手を掴まれてなかったら、もう何度転んだことだろう。男の足取りは早く、ようやく立ち止まった時には、オレの息はすっかり上がっていた。
男がちらりとオレのほうを振り向いた。その男の向こうには、灰色の大きなドアがあった。
片手で器用に傘を閉じて、ドアのなかに入る。灰色の壁に灰色の廊下。灰色の照明が周囲を淡く照らしている。
薄暗い廊下を進み、エレベーターの前まで来ると、ボタンを押した。
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