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高原の一言で、迫田とその子犬みたいな青年が手合わせすることになった。
中津川は、高原が隣に座ったことでずーっとヘラヘラと舞い上がっている。
その青年は高原の恋人らしい。
物怖じしないというか、空気を全く読まない彼は「あの人、高原サンのトモダチっすか?」と直球を投げて、高原に「あれは俺の恋人だ」とこれまた、どストレートな豪速球を返されたのだ。
「へぇ!カタギのコイビトっすか!さすがッス!」
何がさすがなのかよくわからないけれども、中津川には高原のやることなすことが「さすがッス!」なのだろう。
迫田は、高原に恋人がいると知って中津川がショックを受けていないか、とチラリと彼を見やるが、全く動じていないようだ。
高原に少々うるさがられながら、どうでもいい近況をベラベラと喋っている。
「なんかスミマセン、よろしくお願いしますっ」
言われて、目の前の小柄な青年に向き直る。
よろしく、と言われても、ムキムキの迫田にかかれば片手で持ち上げられそうな、ちょっと大きめの女子というぐらいの体型の青年だ。
しかも、高原の恋人とあっては、絶対に怪我させたりするわけにはいかない。
いきなり掴みかかるのもな、と少し躊躇っていると。
スッと息を吸い込んだその青年が、腰を落としたと思った次の瞬間。
迫田は、すんでのところで最初の一撃をかわした。
なるほど、小柄な分、かなりのスピードがある。
どうやら高原にいつも稽古をつけて貰っているようだし、護衛として普段から随分鍛えているはずの中津川よりも油断ならない相手かもしれない。
彼は、腹に力を入れた。
ベラベラと喋っていた中津川は、迫田の放つオーラが変わったのを感じて視線を上げた。
自分とやっているときは見せなかった、割と本気の顔だ。
対する高原の恋人も、真剣そのものだ。
短く息を吐きながら、次のタイミングをはかっている。
チクリ、と彼は胸に小さな痛みを覚えた。
何だろう?
なんとなくソワソワした気持ちになる。
再び、小柄な身体が動いた。
迫田は今度は避けなかった。
その筋肉でもって攻撃を受け止めて、力づくで押さえ込む。
そのまま薙ぎ倒すように身体を転がして、上にのし掛かった。
中津川は、その一連の動きを、ぱかりと口を開けたまま見ていた。
迫田が、まるで高原の恋人を押し倒しているような格好だ。
その格好のまま、二人は何か話している。
踏み込みがどうの、とか、重量差がどうの、とか、今の手合わせのおさらいをしているのだろう。
しかし。
ズキリ、と今度はさっきよりもはっきりと胸が痛んだ。
中津川は、胸元を押さえる。
何かワルイ病気だろうか。
胸だけでなく、鼻の奥までツンと痛む。
「どうした、ハル?」
高原に訊かれて、彼は首を傾げた。
「わかんねぇッス…なんか、痛ぇッス」
ズル、と鼻が鳴った。
何故か鼻水が出てきたのだ。
迫田が振り返った。
ハア、と大きくため息をつく。
「ハル、こっちに来い」
「……なんかわかんねぇけど、嫌ッス」
「いいから、来い」
彼は、高原の恋人を解放して、その場にあぐらをかいて座った。
「ハル、来い」
強い口調で呼ばれる。
迫田のそういう口調は、最早恫喝だ。
中津川は、しぶしぶ迫田の側ににじりよった。
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