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本編
質量を持って存在する僕の人生とやらは、なにやら僕の足をひっぱりたくてどうしようもないらしい。
帰路の道中に通る横断歩道は必ず赤信号で僕を待ち受けるし、ダイエットを決心したその日の晩御飯は揚げ物ばかり出てくる。
ピクニック当日は必ず雨が降り、雨男を探せばお前だろと旧友に指摘されるときた。
見えない監視カメラが常に僕のことをモニタリングしていて、何かのきっかけで「前進を阻むボタン」のようなものを、悪意に染まった指で押している。あるいはレバーか、スイッチか。
どちらにせよ僕からのコメントは「くたばれ」とだけ耳元で怒鳴ってやりたい。それだけのこと。
年代物の回転式拳銃【コルト・オフィシャルポリス】は祖父の私物だった。私服警官の携帯するショートインチモデルのようだ。
本人はインターネットオークションで落札したと言っているが、PCを立ち上げることにさえ説明書が必要というような体たらくのあの男が、自分の知恵で入札の意思を電子に乗せることができるとは思えなかった。
大方、使用人のカルロスを代理に立たせたか、ゴボウの用な足をばたつかせて向かった「クソッタレの高級店」で払下げ品を買ったのだろう。
手入れこそ几帳面に行き届いているが、肝心の保管場所が南京錠を1ヶ所こじ開けるだけで侵入することができる書斎であったために、目を盗んで盗用することは容易だった。
「なぁ、まだ決心がつかないのか」
僕は腕を組んだまま、目の前に立ちすくむフリーマンを強くにらみつけた。オーク材のフローリングを叩いている靴底のテンポを早め、メトロノームよろしく苛立ちのBPMは加速していく。
フリーマンは僕よりも2周りほど身長が高いにも関わらず、瞳孔は常に虚空の羽虫を追うように右往左往し、肩は可動域の限界まですぼめて猫背を形成し、糊のきいているはずのスーツも何故か、彼の落とす影のせいでみすぼらしく見える。
まるで黒い皮膚を貼った白骨標本だ。僕はその姿形を改めて評価しなおすと、余計に足踏みのテンポを早めてしまいそうだった。
自分を大きく映して生き永らえようとする自然界の動物達とは逆行するような、情けなくて、弱々しくて、かえってエモーショナルささえ感じられる。
「そうは言ってもだ、メイ。お前にはこれができるのか?」
フリーマンはヒワダ色のネクタイを緩めると、大げさに一呼吸を置いた。その手には、さび臭さだけが抜けていない回転式拳銃が握られていた。銃口の向かう先は自身の側頭部で、これが銃ではなくヘッドホンであればディスクジョッキーのような佇まいとなり得た。
「たかだか6分の1じゃないか。何を恐れる必要がある? ブラザー。俺はこれが半自動式拳銃であったとしても【弾が装填されているか否か】の確率にさえ賭けることができる」
言うは易し、とフリーマンは呟こうとしたようだが、バツが悪そうに舌打ちするだけで終わった。
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