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小高い雑木林とコンクリート塗りの歩道。丁寧に整備された道路と、その中間を繋ぐ横断歩道。それらを見下ろすように、逆さのL字に立ち並ぶ大小さまざまな信号が、標識が、規則的に乱立している。
ロシアンブルーの毛並みみたいな色をした曇天の下、僕とフリーマンは信号が「赤く」なるのを待っていた。
自分たち以外に信号待ちをしている歩行者や車両は見当たらず、いつの間にか2人だけを残してこの世界のすべてがどこかに消えてしまったかのような感覚に陥っていた。
僕とカルロスがいた部屋の窓は閉め出され、深緑のカーテンに覆われている。
住宅街の一角ながら見通しは悪くない場所だった。
「で、どっちがやるんだ。メイ」
「そりゃあ」
僕はフリーマンを横目で見ると、黒焦げたその顔にコントラストとして真っ白な歯が三日月を作っていた。腹が立つくらいに素敵な笑顔だ
こいつの足でも踏んづけてやろうかと思ったが、それではあまりにも格好がつかない。
「カルロスのクソッタレにあんなこと言われちまったら……、お前にやらせるわけにもいかんだろ」
信号が点滅を始めた。黒と青の明滅を繰り返す歩行者信号が自分の中に渦巻く感情を表現してみているようで、不意に目をそらしてしまった。
自分以上に自分のことを理解している巨大な生物が、いつだってこちらを監視しているように思えた。それも、姿を悟られないように、巧妙に姿をくらませながら。
信号が赤になる。
クソッタレ。僕は目をつむった。足を踏み出したんじゃない。この世界のどこかにいるであろう、支配者面したつまらん奴を蹴っ飛ばすために足を振り上げたのだ。
クソッタレ。車の音はしない。どこかでドッドッドッドッ、と重低音が繰り返し唸っているが、それは車のエンジンではなく僕の心臓の音であることを再三確認し、そこにあることを3秒前まで視認していた横断歩道の白線に向かった。
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