第四章 絶望

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第四章 絶望

 第四章 絶望  辺りは冷たい海だった。武器を入れたアタッシュケースを腰に付けて泳ぐと、浮き輪の代わりとなり水に浮かんだ。三人の戦闘員は、トラジックと会話する事を、許されていなかった。しかし一人の戦闘員が、話を始めた。 「俺は、パトリックってんだ。純アイルランド人で、中佐だ。年齢は今年で、五十二歳だ。」白波が、パトリックの口を沈める。トラジックは、周りのスピードに合わせ黙々と立ち泳ぎを続けた。他の戦闘員が、少しの沈黙を置いた後に、話し始めた。 「私は、ニックという名です。また三十九歳の准士官です。軍医をやっています。何か異常が、ありましたら教えて下さい。」白波に飲まれながらの発言は、違和感があったが仕方が無いのである。これは作戦会議だ。 「僕は、田中と言います。今年で、三十六歳の二等軍曹です。作戦はどうしますか。」白波が立つほどの強い波が、止んだ。すると大陸が見えた。しかし松林が、岸に面している。その為、敵の数や兵器を確認する事は、出来なかった。トラジックは、横に泳いでいき辺りの様子を見回したが、やはり異常は無い。 トラジックは、岸に上がるように合図を出した。周りの者達は、作戦会議を妨げられ不満を覚えたが、波が予想以上に高かった為、皆トラジックに続いた。陸に付く感覚は、ザラザラとした不快なものだ。上陸した後もこの感覚は、しばらく続く。三人の戦士とトラジックは大きめな流木に隠れた。そこで装備品を確認し合う。トラジックは、手榴弾二つに防水の特殊なハンドガン一丁とその予備マガジン一つを、持っていると伝えた。またパトリックはサバイバルナイフを、二本持っておりそれ以外は、持っていないと発言した。ニックは、医療キットと携帯用のハンドガンで七発入りを一丁持っていると言った。そして田中は、身体のサイズに合っていない大きいライフルのみ持っていると申告した。そうこうしているうちに、人の声が聞こえた。共通言語では無いことを確認した。  「今回のミッションでは、敵国の民間人を射殺しても良いという許可が出ている。」周囲はざわめきに包まれる。男は静粛にと叫ぶ。 「我々は、戦争をしに行くのだ。友好を結びに行くのではなく。敵国に恐怖を与えるのだ。 その事を、忘れないでもらいたい。」辺りは静けさを、取り戻し沈黙が続く。マイクに吐息の音がする。しかしその音は響いた。 「まずは、首都のダックスタウンから南西に、直線距離で、三六キロの所にある未知領域付近の浜辺ポイント一に、戦闘員三人と生物兵器を送る。また戦闘員は、ポイントに着く度に、本部に連絡をしてもらう。その後、未知領域の樹海を抜けてもらい。ポイント二の山に到着してもらう。そのまま山を、回ってポイント二から直線の向こう側にある草原ポイント三に出る。そして」島崎の親友は、会議を抜け出して外の空気を、吸いに出た。外に出ると物々しい男達が、入口を警備していた。 島崎の親友は、IDカードを見せて身体検査を受けてようやく解放された。そして研究棟へ歩み始めた。しかし、その時だった。 「奥井さん。また会議を抜け出してきたんですか。」島崎の親友でありトラジックを生み出した奥井衿島は、この女性の名を知らない。 「誠に申し訳ないのですが、どこかでお会いしましたか。」女性は、急によそよそしくなって話しを始めた。 「申し遅れました。私は、エーベル・シアンと言います。デイビット先生の研究室で、生物兵器の精神面の治療を、やっている医者です。」奥井は、軽く挨拶をしてそのまま研究棟へと歩み始めた。しかしエーベルは、話しを続けた。 「先生に一つお尋ねしたい事が、ありまして。」 奥井は、なんですかと不器用に返事をした。 エーベルは、周りを二度見渡して小さな声で。 「奥井さんですよね。トラジック事件を起こした犯人は。」奥井は、内心では焦っていた。しかし落ち着いて答えた。私には分かりません。ゲノム編集は、確実に完成していました。 あんな凶暴な化け物に、なるなんて誰も、想定していませんでしたからね。 エーベルは、急いで小さな声で、話しを始めた。 「助けてください。トラは、悪い子じゃ無いんです。」エーベルは、ハッとして口を謹んだ。奥井は覚悟を決めた。 「ここじゃなんだから外出ませんか」  静かな山奥に、この研究所は存在する。そして下山していくと美しい清涼の沢が、自由を、描くように音を立てている。そこまで来ると奥井は、周囲を見渡し沢をエーベルと登った。しばらく登ると大きな岩に出た。その岩に腰掛け話をした。 「エーベルさんあなたもトラジックを使ったあの研究に、疑問を抱いているのですね。」 エーベルは頷いた。 「奥井さん。トラジックは、生きています。 道具じゃありません。意思を疎通できる新種なんです。あの子に、LDAを使用して戦争で使えるのか実験するなんて。」奥井は頷く。 「LDAは、トラジックの再生速度を上回る破壊をもたらすと予測されているそうです。第一に生体破壊装置の略が、LDAなんですよ。私の研究範囲では、無いのでこれ以上は分かりませんが危険だと思います。」エーベルは、ため息をついた。 「LDAの威力を、私は知っています。」 奥井は、唾を飲んだ。 「あの兵器を、開発したのは、私の父です。 でもあの兵器の開発中の実験で失敗しました。」 奥井は、続きを聞かずに、話を折った。 「そうか、君には話そう。トラジックを生み出したのは、私だ。」エーベルは質問した。 「あなたは、どうしてあの子をあんな姿にしてしまったの。」エーベルは、嘆く。 「新種を生み出す際に、私はマザーが、人間の姿を選んでくれると盲信していた。何故なら私が、人だからだ。」エーベルは落ち込む。 「なら、あの子を救う方法はないの。」 奥井は、笑う。エーベルは、憤怒する。 「あの子が、助けて欲しいとそう望んだのかい。エーテル。本当の薬は、愛情だ。」 エーテルは、奥井をぶった。奥井には、力が無かった。誰よりも奥井が、トラジックを思っていた。外見が、人では無いだけで、扱いが急変し、いじめられ、罵られ、兵器として物として、新種を扱う世界に奥井は、耐えられなかったのだ。世界を救った男は、一つの命を救えなかったのだ。そしてそれは、考えれば分かる事だったのだ。 島崎の親友にてトラジック事件の主犯。 奥井衿島人生は、沢の急斜面から落ちて岩に頭をぶつけ終焉。エーテルは、事故死だったと供述し、権力者の弟子ということもありその供述は、真実へと進化を遂げた。    そしてその日が、やってきた。トラジックは、とてつもなく広い実験室に移動させられた。そこは特殊な壁と特殊な窓が、一つあるだけの寂しい場所だった。そこでトラジックは、一つの半球状の装置を渡された。そしてこれを床につけてボタンを押すようにと指示が出た。トラジックは、自分に危険が迫ると察知していたが、命令を忠実に聞いた。 世界が、ひっくり返るような爆発音と共にトラジックの肉体は、裂け血肉が出てきた。そして机上の計算もひっくり返し爆風が、壁を貫いた。三分の出来事だった。トラジックの生死は、不明だった。この実験で、建物が半壊し、二十七人の犠牲者と一つの兵器を損失した。軍は、これを公表しなかった。そしてトラジックの捜索が始まったのだった。しかし発見されなかった。それもそのはずである。 何故なら、エーテルと研究室が、爆発した後に逃亡したからだ。エーべルは、LDAの威力が凄まじいという事を、深く理解していなかった上層部の怠慢を、うまく利用した。研究施設の設備が、甘くなるようにアンドリューを騙した。だが何故彼女が、ここまでトラジックに執着するのか。 それは、父親の存在である。  エーべル・シアン年齢三十三歳。独身。 父親を、早くに亡くしたエーベルは、母親を十五歳の頃ガンで亡くした。その後、精神科医のスターだった祖父の影響で、恐ろしい努力を重ねて、精神科医になる。その後は、アンドリューに頼られるほどの名医に成長した。 しかしいつも彼女は、飢えていた。そんな中でトラジックと出会う。自分より酷な運命を背負った道具に、彼女は共感した。そして同時に、自分の様に飢えたモノに、ならないで欲しいと思う様になった。  二人が、初めて出会ったのは二年前の春だった。この頃のエーベルは、精神科医としてアンドリューを助力しており、何不自由無い生活を、おくっていた。だが、転機が訪れる。 アンドリューの紹介で、コロンビア国立軍研究所のカウンセラーとして就職した。しかし この時、誰をカウンセリングするのかは知らされていなかった。しかし世界的な名医からの誘いを、断る理由もなかった為、軽い気持ちで彼女は、勤務初日を迎えた。最初の挨拶を、関係者の方々にすませ、アンドリューから仕事の内容について説明を受ける。 「君に、今日からしてもらう仕事は、難しい。 まず約束して欲しい。この仕事内容を、外部に漏らしては絶対にならない。何故かは、後から分かる。国がかかっているのだ。そして了解した場合。君は、絶対にこの仕事からしばらく降りられない。守れるかな。」 「はい。」アンドリューの眉がひそまる。 「では、仕事内容だ。給料は、今までの君の給料の三倍位だ。そして君には、新種のカウンセリングをしてもらいたいのだ。」 「少し解らないのですが。新種とは何ですか。」 「生物兵器だ。かなりおっかない外見だがね。 後、ここにマニュアルがある。これに従って必ずここの範ちゅうで、カウンセリングと研究をしてもらえるかな。」 「はい。」アンドリューは、笑みを浮かべた。 「では職場に、案内する。」  アンドリューは、席を立った。エーベルはアンドリューに着いて行き地下二〇階にある 無機質なあたり一面が、白色の研究施設に着いた。そして厳重な警備のドアに指紋認証と声帯認証が行われた。 その後白いロボットが、スキャンを行った。 「お隣の方は、信頼出来ますか。コードを入力してください。」 アンドリューは、ロボットの腹に浮き出てきたキーボードにコードを入力した。 「分かりました。今日からよろしくお願い致します。そう言うと無機質なドアを開いた。
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