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「じゃあ、三時ちょうどに迎えにいくから。約束ね」
彼女はそう言って電話を切った。
男は待ち合わせ場所で恋人を待ち続けた。
しかし彼女は三時を過ぎても、待ち合わせ場所に迎えには来なかった。
時間に厳しい彼女には珍しかった。
しかしそれもそのはずで、彼女は彼を迎えに来る途中、車の事故で亡くなっていたのだから。
それを知った時、男は悲しんだ。しかし一方でほっとした。
と言うのも男には浮気相手がいた。
男は本当は浮気相手の方を好いていた。
だが死んだ恋人は嫉妬深くて、とても別れ話など切り出せなかった。
それがやっと自由になったのだ。
ほとぼりが冷めた頃、男は浮気相手と結婚した。
結婚生活は楽しく、男はすっかり前の恋人のことなど忘れて過ごした。
「じゃあ、買い物に行って来るよ」男は妻に言った。
「行ってらっしゃい、あなた。気を付けてね」
男はいつも通り妻にキスをすると、車に乗り込んだ。
夫婦の家はかなり田舎だったから、買い物一つとっても面倒だった。
三十分程走ってようやく目当てのスーパーに着いた。
男はそこで一週間分の食料や生活用品を買い、車に積むと、愛する妻の待つ我が家へと急いだ。
好きな音楽をかけ、最愛の妻のことを考えながら、彼は良い気分で運転していた。
とその時、突然、音楽が止まったかと思うと、女の声が車中に響いた。
「約束、遅れてごめんね」
音楽は少ししてまた始まった。男はわけがわからなかった。声の主はかつての恋人だった。
だが彼は直ぐに気を取り直した。気のせいだろう、俺も疲れているんだ。
男は早く家に着こうとアクセルを少し踏んだ。
なんだか車中が少し冷たい気がした。
彼は早く家に戻り、妻の顔を見たかった。
その時信号が見えた。急いでいても信号を無視するわけにはいかない。
彼はブレーキを踏んだ。
ところが幾らブレーキを踏んでも、車は止まる気配が無い。それどころかますますスピードが出た。
「なんだこれは」
彼はパニックに襲われた。ハンドルを操作して、何とか衝突を避けようにも、今度はハンドルも効かなかった。
「もう駄目だ」
彼は思わず叫んだ。
その時、漸くブレーキが効いて車が止まった。
「助かった」
これで安心だ、と彼は思った。
彼は額の汗を拭い、気分を落ち着けようと、大きく息を吐いた。
ちょうどそこへ、大型トラックが突っ込んで来たことに、彼は気付かなかった・・・
事故現場に警官や救急車が来た。車は大破し、男は救急車に乗せられた。
しかし救命医の懸命な治療にも関わらず、男はとうとう死んだ。
救命医は言った。
「患者の死亡確認。時間は三時ちょうど」
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