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序章
雪が舞っている。白い花片のように、ひらひらと舞っている。
それともこれは本当に花片なのだろうかと、沈みゆく水の中で淪曄(りんよう)は静かに思った。
淪曄は長く続いた大帝国――淸(せい)の公子として生を受けた。
一日違いで生まれた兄が一人いるが、淪曄は彼をあまりよく知らない。
僅かの違いで皇帝の第一子になれなかったためか、はたまた淪曄の見た目が母の意に沿わないものであったせいか、淪曄は常に母である淑妃から誹りを受けていた。
明るい栗色の髪が揺れ、金茶色の瞳が涙に煌めく。
――こんな子で、ごめんなさい。生まれてきて、ごめんなさい
幼い淪曄にはそれが世界の全てだった。
その日、部屋の片隅で身体を丸めて暖を取っていた淪曄は、突然母に腕を引かれて外に連れ出された。
春には爛漫の花が咲き誇る後宮の庭も、今は枯れ枝ばかりが目立っている。
刺すように冷たい外気の中辿り着いたのは、今はやはり寒々しい様子を見せている池のほとりだった。
「……母上?」
淪曄が首を傾げると、彼女は険しい目で淪曄を睨め付ける。
そして、指の跡が残りそうなほど強く肩を掴むと、そのまま淪曄の身体を池の中へと突き倒した。
厚く張った氷の上に、頭が叩きつけられる。ピシリと氷の割れる音が鳴る。
「こんな子が欲しかったんじゃないわよ!」
それが、淪曄が最後に聞いた母の言葉だった。
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