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怜は脇目も振らず、ただひたすら追いかけた。咲希の名前を呼ぼうとも、彼女は振り返らない。それが余計に、怜の心を焦らせた。
彼女を傷つけたのでは。悲しませたのでは。……彼女に嫌われたのでは無いか。
そんな想いが、胸の中でグルグルと渦を巻く。
だからこそ彼は気付けなかった。
立入禁止と書かれた札を乗り越えてしまった事に。
二度と抜け出せない、深い深い穴に落ちてしまったことに。
どうやら学校を飛び出し、知らない建物へと入り込んでしまったようだ。廃ビルか何かだろうか。壁はところどころ崩れ、埃っぽさが鼻につく。加えて薄暗いため、何度も転びそうになった。
だが。それでも。怜は走り続けた。「待ってくれ!」と、届かない声を上げながら懸命に。届かない腕を伸ばして必死に、彼女の後ろ姿を追いかけ続けた。
それから、どれくらい走っただろう。元々持久走は得意だったが、もう喉がヒューヒューと鳴ってしまっている。その場に崩れ落ちそうだった。
「お疲れ様」
逃げていたはずの咲希が目の前に立っている。そして、驚くべきことに彼女は息一つ上がっていない。化け物か……そんな考えが脳裏をよぎった。
「さあ、2人で話をしよう」
目の前のドアが開く。
そこは暗く、湿った部屋。光など一筋たりとも差し込まない。
逃げなくては。本能がそう叫ぶ。
だが、走り疲れた足はもうとっくに限界を迎えてる。
動け! 動けよ! なんとか一歩踏み出しても、走ることなど到底出来なかった。
「どこに行くの。私だけを見て」
彼女の瞳に宿った暗い色。
白かった彼女の心から血が流れ、赤に染まっていく。
「い、いやだ……」
尻餅をつき、そのままずりずりと後ずさる。来ないでくれと懇談する。だが彼女は、狂気に満ちた瞳で、ただ嗤っていた。
「嫌だ? 怜くんが言わなきゃ行けない言葉はソレじゃないでしょ?」
咲希に腕を掴まれ、部屋の中へと引きずり込まれていく。嫌だ、離して! 未だに怜の言葉は、咲希には届かない。
咲希は部屋のドアを閉め、静かに呟いた。
『Eat me』
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