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「あれ、お吉だ」  お絹は、ふと足を止めた。  これから向かおうとする甘味屋の縁台に、お絹の家である井筒屋の中女中、お吉が座っていた。  毎日顔を合わせる仲なのだから見間違いようは無いが、なんだかいつもとは様子が違う。  よそ行きらしい千鳥の柄の着物を着て、髷こそ奉公人らしく小さく地味に纏めているが、その髪に常には無い赤いものがきらりと輝いている。  艶やかな黒髪に一点、血の(しずく)を落としたかのような、赤。  お吉は、どこか気もそぞろな様子で、時々髪に手をやったりしながらそわそわしている。  普段は化粧気の無い顔にも、うっすらと紅が掃かれているようだ。  だけど……  お吉は今日、母親が急病とかいうことで、一日暇を取ったのではなかったかしら?  お絹は、関節が白くなるほどぎゅっと手を握りしめた。 「あれ、お絹ちゃん?」 「どうしたの? 怖い顔してさ」  ぺちゃくちゃお喋りしながら、どんどん先へ歩いて行っていた、おせんちゃんとおまっちゃんが、ようやくお絹が立ち止まっていることに気が付いて、振り返った。 「わたし、帰る! 葛切りは、二人で食べて」 「ええ?」  訳が分からないといった様子で二人は顔を見合わせて、どうしようかと迷っている様子。  構わずお絹は、くるりと踵を返した。
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