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一
「あれ、お吉だ」
お絹は、ふと足を止めた。
これから向かおうとする甘味屋の縁台に、お絹の家である井筒屋の中女中、お吉が座っていた。
毎日顔を合わせる仲なのだから見間違いようは無いが、なんだかいつもとは様子が違う。
よそ行きらしい千鳥の柄の着物を着て、髷こそ奉公人らしく小さく地味に纏めているが、その髪に常には無い赤いものがきらりと輝いている。
艶やかな黒髪に一点、血の滴を落としたかのような、赤。
お吉は、どこか気もそぞろな様子で、時々髪に手をやったりしながらそわそわしている。
普段は化粧気の無い顔にも、うっすらと紅が掃かれているようだ。
だけど……
お吉は今日、母親が急病とかいうことで、一日暇を取ったのではなかったかしら?
お絹は、関節が白くなるほどぎゅっと手を握りしめた。
「あれ、お絹ちゃん?」
「どうしたの? 怖い顔してさ」
ぺちゃくちゃお喋りしながら、どんどん先へ歩いて行っていた、おせんちゃんとおまっちゃんが、ようやくお絹が立ち止まっていることに気が付いて、振り返った。
「わたし、帰る! 葛切りは、二人で食べて」
「ええ?」
訳が分からないといった様子で二人は顔を見合わせて、どうしようかと迷っている様子。
構わずお絹は、くるりと踵を返した。
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