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お絹は、眩しいような心持ちで、遠ざかる後ろ姿を眺めた。
男は、肩幅は広く腕も太い、いかにも農夫というがっしりとした体つきをしている。着物の上からでも、逞しい筋肉が透けて見えそうだ。
自分は、働く強い男が好きなのだと、お絹は思う。
世の中にはいろんな人がいて、みんな汗水垂らして働いている。田畑を耕す者、米俵を担ぐ者、天秤棒を担ぐ者、それから――舟を漕ぐ者。
少し。ほんの少しだけ、ちくりと胸が痛くなった。
もちろん、井筒屋は小間物問屋だ。小間物問屋には小間物問屋の働き方がある。
真剣な表情で算盤をはじき帳付けをしたり、厳しい目で品物の質を改めたり……。そんな姿も、嫌いじゃ無い。
ごく値の安い鼻紙一つでさえも、決して妥協はせず、時には取引先まで出向いたりもする。
それから、それから――
なんとかしてお上の裏を掻き、人が喜ぶ品をと考える反骨などは、強さと言えるのかも知れない。
「おやおや。悪かったよ、変なことを聞かせちまって。だけど、そうしょぼくれた顔をしなくたって、お吉の方は心配なさそうじゃないか」
また、ちょっとずれたことを言って清太郎が立ち上がる。
「早いところおっ母さんにも、首尾は上々吉でしたと知らせて安心させて差し上げなけりゃあ。あたしたちも、土産に葛切りを買って帰ろう」
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