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 井筒屋は小間物問屋だから娘は看板みたいなもので、こうした身を飾る物に関しては随分と贅沢をさせてもらっているけれど、あんなに見事な珊瑚の玉簪は、お絹だって持ってはいない。  だいたい珊瑚や翡翠や鼈甲なぞは、御改革とやらのせいで、すっかり蔵の肥やしになって、店先に並ぶことさえない。  堅実で臆病なお父っつぁんは、決してそういう商売には手を出さないが、裏で取り引きされる贅沢品の値は、釣り上がる一方だとも聞いたことがある。  とにかく、あれほど鮮やかな血赤の珊瑚玉ならば、さぞかし高価な物に違いなく、一介の女中の給金では、到底(あがな)える筈の品ではなかった。  出所は、一つしか考えられない。  清太郎だ。  お絹の婿となる予定の男である。  京橋の大きな米問屋の三男坊で、源氏か業平かといういい男。遊び人だととかくの噂があって、あまりの放蕩ぶりに業を煮やした父親が、鉦や太鼓で婿入り先を探したのだとかという曰く付きの男だけれど、御改革のあおりを食って商売が傾きかけた井筒屋にとっては持参金付きの大事な婿だ。  清太郎自身も、婿入り話が決まってからは随分心を入れ替えたかして吉原へは足も向けず、祝言はまだまだ先のことだけれど毎日のように井筒屋へ通ってきては手代のように働いて、神妙に小間物問屋の仕事を覚えていた。  少しばかり軽薄なところはあるけれど、優しくて話が面白くて、いつだってお絹が喜ぶような土産を持ってきてくれる。  何しろ女相手の商売だから、様子が良くて口の上手い清太郎が小売りの店先にいるだけで売り上げは跳ね上がり、おとっつぁんなどは良い婿を得たと満足しきりである。  お絹としても、突然一方的に決められた許嫁ながら、見目はともかく、真面目に働いている姿には好感が持てて、近頃ではすっかり親しみを覚えるようになっていた。
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