8人が本棚に入れています
本棚に追加
二
清太郎は、甘味屋へは行かなかった。
「こっちこっち」
そそくさと、はす向かいの蕎麦屋に入って、甘味屋の店先が見える位置に陣取り、慣れた様子で酒とそばがきを頼んだ。
昼間っからお酒だなんて!
お絹がむくれていると、
「ごめんね。お絹ちゃんには甘い物の方が良かったろうけれど、それじゃさすがに気付かれる。ここのそばがきは旨いから、お食べよ」
と、何だかずれた謝りを言った。
「どういうことよ」
「え」
清太郎は、一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、それから、
「こりゃあ、あやまった」
まるで幇間みたいに、ペしんと額を叩いた。
「お絹ちゃんは、知らなかったのか」
「だから、何がよぅ」
口を尖らせるお絹に清太郎は、殊更に声を低め、重大な秘密めかして言った。
「お吉は今日、あそこで見合いなんだとさ」
「嘘。だってお吉は、自分のおっ母さんの具合が悪いからって……」
「そりゃあ、万一不首尾だったら、朋輩達にきまりが悪いじゃないか。お父っつぁんとおっ母さんは、ちゃあんと承知していたよ」
そうだったのかと、なんとなく安心するとともに、知らぬは自分一人かとお絹は、また小さくむくれた。
最初のコメントを投稿しよう!