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傘なんて
降っているのかいないのか。よく分からないような雨が降る。
肩に柄を乗せた傘をくるりと回しても、花の縁取りが施された白い傘は未だ雨粒さえ飛ばさない。けれど、傘を差さずに長い時間を歩いていれば、確実に濡れてしまう。
雨の日は、何となく気分が憂鬱。
特に傘なんて必要ないのではと思ってしまうような降り具合の時は、更に憂鬱な気分になる。
何よりも傘が邪魔。一思いに土砂降りの雨とかなら、傘を持つことにも諦めがつくのに。
そんなことを考えながら帰路に着く。
人気の少ない通りを歩いて、ふと気が付くと目の前に、傘も差さずに歩む見覚えのある後姿。それを目にして、思わず首を傾げてしまう。
傘、忘れたのかな?
頭の片隅を疑問が過ると共に僅かに歩く速度を上げて追いつくと、隣に並んだことに気付いた相手はこちらに目を向けた。
不意に隣に並んだ驚きと、どうしたのだと言いたげなものが混じった瞳で見つめられる。そうした様子にくすりと笑いが零れた。
「傘は?」
「僕、傘は嫌い。このくらいの降りなら、傘なんて差さなくても良くない?」
さも当然のように返される言葉。
このように思うのは自分だけでは無いのだと、些かの親近感が湧き上がる。
だけれども、傘を差さないでいるにも微妙な雨模様。
見上げた相手の頭より高い位置に傘を掲げ上げる。驚いたように向けられた視線に、再び口から笑いが漏れ出した。
「濡れちゃうよ……?」
瞳をまじろいで放たれる声を聞いて、悪戯心からの笑みで頬が緩む。
「このくらいなら、傘なんて差さなくても良いんでしょう?」
先ほどの揚げ足を取って言ってみる。すると、見る見る内に眉間に皺が寄っていくのが分かった。
「君が風邪を引くと困る」
「私もあなたが風邪を引くと困っちゃうんだけど?」
暫しの沈黙。正面を向いて歩む相手の顔を伺うと、眉根を下げて困ったような顔をしていた。それでも自分の傘は、相手の頭上に掲げたままで歩調を合わせて歩く。
「……えっと。僕が傘を持つよ」
観念したのか、ぽつりと言われた。そして手から奪われる傘。
歩く速度を合わせてくれて、同じ方向に歩んでいった。
「ふふ。傘なんて嫌いだけど、偶に差すのも悪くないね」
「え? なんで?」
相手の言葉に意図が掴めず、首を傾げる。途端に見つめていた顔に笑みが浮かぶ。
「だって、君と――、相合傘ができたもの」
恥ずかしげもなく紡がれる言葉に、頬が熱くなる。
そんなつもりは微塵も無かったのだけれど。でも、仄かに感じる嬉しさと、胸の内の温かさ。
うん。私も傘なんて嫌い。
でも、今日ばかりは、好きになっても良いかなって思った。
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