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この日は朝から雨。明日の予報も雨。明後日も雨で、今週の週間天気予報は、ずっと雨マーク一色。まさに梅雨。
雨が嫌いな笠梨有加は、鬱々とした気分で登下校を繰り返す。
今日も下校しようと傘立てを見ると、憂鬱な気分が倍増した。
「あー! 最悪! また傘取られてる! 亜子、駅まで入れてってくれない?」
亜子と呼ばれた女子生徒は、丁寧に畳まれたピンク色の傘を、傘立てから引き抜く。有加は、懸命に縋り付くも、亜子は迷惑そうにするだけで、有加を振り払った。
「嫌よ、二人で入ったら濡れるもん。濡れて帰るなら、一人でドウゾ」
亜子が傘を開く。同時に、曇天の空を鮮やかな花模様が彩った。
諦めの悪い有加は、傘を持つ亜子の右腕を引っ張って抗議をする。
「ヒドーイ! それが傘を無くした友達に対する態度? 悪魔! 魔女! 悪の化身!」
有加は、グイグイと遠慮なく亜子の腕を引っ張り続ける。
亜子は、右肩に掛けたスクールバッグの角を有加の頬に当てて、反撃した。
「アンタこそ、入れてもらう態度じゃないでしょうが。今日は駄目。絶対駄目。彼氏と帰るんだから。アンタが居たら邪・魔」
亜子は、鋭く有加を睨みつける。湿気を含んでいるはずなのに、綺麗に巻かれた髪の隙間から見える眼光は、本当に魔女のようだ。
「ヒ……ヒドイ。彼氏って、男子校で柔道部のムキムキきんにくん?」
「そ。その柔道部主将で全国大会優勝したムキムキくん」
恋人の話になると亜子は、とたんに乙女の顔になる。バッグからコンパクトを取り出し、スクールバッグを有加に持たせた。
「いいなぁ。全国大会優勝」
アイメイクを気にする亜子は、惚気話の用意をしていたのだろう。有加の反応にフサフサのマツゲを上下に動かし瞬かせる。
「そっち?」
「うん。そっち。だって、私の誇れるものなんて、傘を取られた本数くらいだもん」
そう。有加が雨を嫌う理由は、何かと傘を取られるからだ。クラスメートからは、名前をもじって
「今日は傘無しか? 有りか?」
と馬鹿にされる。
「まあ……ね。あんたほど傘取られてる女子高生もいないと思うわ」
亜子は有加の肩に優しく手を添えた。
「でしょ? だからさ一緒に入れて?」
「ムリ」
「ケチ!」
どうあっても貸してくれない亜子に有加は、最後の手段に出る。亜子のスクールバッグを人質に取り、抱えてしゃがみ込む。有加は、丸くなって亀のように防御体制に入った。
亜子は舌打ちをすると、一旦、傘を畳む。そして、有加の無防備になっている脇腹目掛けて、傘の先を刺した。
有加の口からグエッと、女の子らしさの欠片もない奇声が出る。刺された反動でビチャっと嫌な音を立てて、尻もちもつく。
亜子は、スクールバッグを有加の腕から引き抜いて、無事を確かめた。
「泥はねさせて人の靴汚すじゃないよ」
冷徹な亜子にも負けず、有加は涙と共に冗談を飛ばす。
「馬も鹿も後ろ足の力が強いからね!」
濡れたスカートが気持ち悪い。それでも、有加は笑ってみせた。
ちょうど校門に、筋肉質な他校の制服を来た男子生徒が現れる。彼は、亜子に手を振っている。
「あっ、彼氏来た。じゃあね有加」
「渾身のジョークを無視?! しかも傘! ちょうだいよー」
有加の最後の願いも届かず、見事に置いていかれた。
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