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「あー、行っちゃった。私の傘。ムキムキ優勝者に持ってかれた。こうなったら、勝手に幸せになれー」
有加は、小さくなっていく亜子を見送った。
空を見上げても、灰色の雲しか見えない。降り続ける雨で、一筋の希望もなかった。濡れてしまったスカートもどうでもよくなる。
「雨止まないなー。もう濡れて帰ろうかな。あーあ。亜子のせいで、濡れ鼠になって帰るんだ私。亜子せいで、電車の中で『朝から雨降ってたのに、傘持ってきてねぇのかよコイツ。バッカじゃね』みたいな目で見られるんだ。それで、変態の目をしたオッサンにスケスケのシャツ越しに、勝負下着をジロジロ見られちゃうんだ。亜子のせいで! 亜子のせいでー!」
自分の運の悪さに泣けてくる。こんな時は、誰かのせいにしないとやってられない。
恨みを擦り付けた事は、明日、亜子に謝っておこう。
身勝手な自己完結をさせて、今頃、恋人とイチャついている亜子を想像する。惨めになって、今度は、バカヤローとだけ叫んだ。
「お前、何やってんの?」
有加の後ろから、音も気配も雨に紛れさせて、男子生徒が声をかけた。有加は、突然の事に肩を跳ねさせ驚く。聞き馴染みのある声だと思えば、有加の幼馴染みの晴也だった。見知った顔に有加は、心底安堵した。
「救世主! メシア! ゴッドハンド〜」
有加は、目に涙を溜めながら晴也に抱き着いた。有加は、鼻水を啜りながら、事の顛末を話した。
「それで友達に恨み言ってたのか、お前アホだな」
「アホじゃないやい! アホなのは私のお気に入りの傘を持ってった犯人だい」
人に話して吐き出せたことで、有加は、スッキリした。今は、元気に持ち出した犯人のことを恨んでいる。地団駄を踏んだり、口だけの貧弱なシャドーボクシングで、怒りを発散させている。
「そりゃそうだ。で? 帰らねぇの?」
晴也は自分の傘を持ち上げると、入れてやると合図する。
一時は、ずぶ濡れを覚悟していた有加だ。晴也の優しさに感極まり、またも晴也に抱きついた。
晴也は、有加の鼻水だらけの顔を片手で、掴んで遠ざける。晴也の指が有加の頬に食い込む。
タコのような潰れた顔になるし、頬に食い込む爪が痛い。それでも濡れて帰るよりマシだ。
「メシア〜! 一生着いてく〜。さすが、私の晴れ男」
背の高い、晴也が傘を持ち、一つのこうもり傘に二人で入る。有加は、狭い傘の中で小躍りをする。ステップを踏む足は、水溜まりを蹴り飛ばす。ヒラヒラと軽やかに揺れるスカートは、水気を含んでいる。有加の行動の全てが、晴也のズボンを濡らす。
「俺の靴に泥跳ねさせたら、容赦なく追い出すからな」
晴也が不快感を隠しもせず、有加にピシャリと言い放つ。
「はい、はれお」
有加は、素直に晴也の忠告を聞き、ようやく落ち着きを取り戻す。なるべく足元に注意する。ソロソロと忍者のように歩き、体も出来るだけ縮こまらせ、集中している。
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