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晴也は、駅につくまでの退屈しのぎに、気になっていたことを有加に聞いた。
「つーか有加さ、なんで、傘買わないんだよ。ビニール傘じゃ、すぐ取られるだろ」
「だって、まだ使えるし、気に入ってたもん」
有加は、足元に視線を落としたまま即答した。
晴也は、前を見ない有加の分まで前方、左右に気を配る。お互いに、視線も合わないまま歩く。
「ただのビニール傘だろ?」
十字路に差し掛かると、車が左から車道に出ようとしている。曇天の雲の下で方向指示器は、何度も鈍く光って鬱陶しい。
晴也は、光を避けるために体を斜に構える。素早く傘を持ち替えて、有加に静止を促す。車が車道に出ていくと、また歩き始めた。
有加は、晴也に合わせて歩き出す。晴也の質問に淡々と応える。
「違います。五百円したビニール傘です。メシアに買っていただいた、由緒正しき五百円のビニール傘です。取っ手の傷まで、愛してました」
愛していたというのは、取っ手の傷の付き方で、自分のビニール傘を判別していたからだ。誇張したが、あながち間違いではない。
有加は、話をする間にも、だんだんと怒りがぶり返す。
有加が犯人へ闘争心を燃やしている間に、晴也も有加へ傘を買った記憶を辿っていたようだ。二週間前程まで、遡ったところでピンとくる。瞬間的に有加を見た。後頭部しか見えていない有加に文句を吐く。
「この前のか! お前、あのときの金、返して貰ってねぇぞ。返せよ」
あの日は、昼を過ぎてから、急に天気が崩れた。置き傘をしていた有加は、今日と同じく傘を取られて、立ち往生していた。幼馴染みのよしみで、ビニール傘を購入してやったのだ。あの時の有加は、持ち合わせがないから、お金は後日返すと意気込んでいた。
ところが、翌日にはスッカリ忘れて、そのままだったというわけだ。
有加は、自分の失言を悔いて、すぐに意見を翻した。
「やっぱり、ただのビニール傘でした」
「おい!」
晴也は、代金を返す気がない有加に一瞬だけ腹を立てた。
しかし、言っても無駄だと早々に諦める。
「まぁ、良いけどよ。五百円くらい」
水溜まりが多い場所になると、有加は、通る場所を適確に見極めて、リズミカルにステップを踏む。難所を乗り越えた有加は、ハァーと一息付く。
そして、数分ぶりに顔を上げて晴也と視線を合わせた。
「五百円を馬鹿にする者は、五百円に泣くんだよ!」
「なら返せ」
晴也は、間髪入れず応えた。
晴也の短く分かりやすい催促に、ぐうの音も出ない有加は、思わず項垂れる。
「五百円に泣いてます」
傘で、破産する人間など有加くらいだ。晴也は、プッと堪えきれない笑いが噴き出す。
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