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「だって」
有加がほんのりと頬を染めて、その思惑を語りだそうとする。良いタイミングで、明らかに怒気を含んだ大声が聞こえた。
「おいぃ! 有加!」
二人が振り返れば、晴也が傘と傘の間を強引に通り、時折、スミマセンと謝って、有加達に近づく。有加の隣に来た時には、肩や腕が濡れて、ワイシャツが肌に張り付いていた。
「晴ちゃん、オハヨ。言われたとおり名前書いたよ! これで取られないよね」
有加は、満面の笑みで、傘を揺らしながら見せびらかす。有加が、右へ左へ揺らす度、傘に溜まった水滴が飛び散って、大迷惑だ。晴也が有加の傘の骨を指で摘んで、止める。全て受け止めた晴也は、顔も服もびしょ濡れだ。
「書いたじゃねぇよ。なんで、傘の表面に書いてるんだよ。遠くからでも分かっちまったわ」
雨で濡れ、遠くからでも判別出来るほどの大きさで名前を晒され、晴也は、朝から青筋をたてている。逆に有加は、怒られても、活き活きしている。傘の内側が見やすいように、少し前に倒すと、オリジナル傘のプレゼンを始めた。
「晴ちゃん、視力いいもんね。すごいでしょ? ちゃんと内側から書いてるんだよ? 鏡文字書くのに苦労したんだ。デザインもソコソコ良いでしょ?」
ココとかと言いながら、傘の縁を指でグルリなぞっていく。傘を持った小さな男の子の絵が等間隔で描かれている。右へ行く事に手や足が動いて、パラパラ漫画のようだった。傘の天辺は、太陽が描かれて、洒落た演出をしている。真ん中で黒字の明朝体で、丁寧にレタリングされた天野晴也という文字も、内側からだと踊って見える。
「意外と芸が細いわね」
亜子にデザインを褒められて有加は、喜んでいる。
「そこじゃねぇよ。名前、書くなら普通、持ち手の部分か止め具の部分だろ」
晴也は、自分の傘の持ち手部分を見せたり、有加の傘のボタンの付いた止め具を触ったりして指し示す。
「え? 天野くんそこ?」
亜子は、晴也のツッコミどころに、ズッコケそうになる。
「だって、わかりやすい方が良いかなって」
何度も叱られる有加は、口を尖らせて拗ねている。有加は、可愛いのにと男の子の絵を撫でる。
有加達を追い越していく女子生徒二人組が、有加の傘を見て、クスクス笑う。晴也は、自分が笑われているようで顔を赤らめた。
「百歩譲って、そうだとしても人の名前書くなよ」
あまり感情的になって大声を出すのもよくない。晴也は、平静を装った。有加の描いた、可愛いデザインに囲まれている自分の名前をもう一度見る。どう見ても、浮いている気がしてならない。
「百歩譲ってからじゃなくても、人の名前は書いちゃダメでしょ」
亜子が、我慢できずに笑う。
「だって……」
有加は、相変わらず口を尖らせて、理由を言いにくそうにしている。
学校の校門が見えてきていた。
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