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有加は、妙に納得したといわんばかりに、晴れ晴れした顔をする。
「道理で晴ちゃん、サッカーの試合見に行っても出てないと思った。晴ちゃん、昔から運動神経悪いもんね」
有加は、笑顔で晴也の弱点を抉る。涙目になった晴也は、有加の傘の骨を人質に脅す。
「おい! 傘、へし折るぞ」
「ダメ、晴ちゃんとの相合い傘にしたのに」
有加は、晴也の手をパチパチと弱い力で、叩いて反抗する。
「そこは、揺るがないのね」
愛の力だと言って亜子は、ウットリしている。
正直、晴也には、相合い傘というより、選挙活動にしか見えない傘だが、有加は、大事に使う予定らしい。そうなれば、雨の度に恥ずかしい思いをするのは、晴也だ。晴也は、今更ながら、名前を書けと言ったことを後悔した。
校門に立つ三人の担任が、有加の傘と晴也を見て口許を隠して笑っている。
晴也は、顔を茹でだこにすると、やけっぱちに吠える。
「あ〜もう! じゃあ、新しい傘買ってやるから、それ使うのやめろ」
晴也が言うやいなや有加は、目を輝かせて喜んだ。
「ホント? 晴ちゃん、ありがとう。やっぱり私の晴れ男」
これほどに喜ばれると、後に引けなくなる。ヤッタヤッタと傘を上下に動かして無邪気に喜ぶ有加の隣で、晴也は、財布を取り出した。
「良かったわね有加。ドンマイ天野くん」
亜子は、有加の傘から飛んでくる水滴を、自分の傘で器用に受け止める。晴也はというと、飛んでくる水滴も気にも止めずに、財布の中身を確認している。そんな晴也の背に亜子は、エールを送った。
一週間後。梅雨の力は、凄まじかった。
晴れ間が三日も続けば、途端に雨が元気よく、バラバラと音をたてて降る。道行く人が、今日も色とりどりの傘の花を咲かせる。
「有加〜! お前、何を傘の内側にぶら下げてんだよ」
晴也が雨音に負けない声で怒鳴る。
「何って目印だよ。名前書いたら晴ちゃん怒るから。うまく特徴を捉えてると思うんだよね、私の力作なの。晴ちゃんマスコット」
有加の傘の骨部分には、晴也をデフォルメしたマスコットが吊るされていた。背中に、せいちゃんと刺繍が施されている。
「だから、なんで俺なんだよ!」
晴也がフェルトで出来たマスコットを握りつぶすと、有加が晴也の手をパチパチと弱い力で叩いて抵抗する。
「相合い傘って、乙女心を擽るのよね。私もケンちゃんに入れて貰おうっと」
亜子は、言い合う二人を他所に筋肉質な恋人に思いをはせる。
晴れマークがたくさん散らばっている空色の傘の中で、マスコットの晴ちゃんは、三人を見守るように、ユラユラ揺られて笑っていた。
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