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今日、傘を一本盗んだ。
図書館でだ。
晴れの予報なのに雨が降った。
今日、俺は買ったばかりの服を着てた。
ブランド物で濡らしたく無かった。
だから傘立てに一本だけあった傘を失敬した。
傘立ての鍵が壊れてたのは幸運だった。
持ち主はきちんと閉めたと思い、気付かなかったのだろう。
ただ勘違いしないで欲しい。
何日かしたら、傘はここに返すつもりだ。
だから盗むと言う表現も当たらないかもしれない。
持ち主には気の毒だが、まあ車で迎えに来て貰うなり、何か方法はあるだろう。
服を濡らしたく無いから仕方無い。
こんなこと誰でもしてることだ。いちいち気に病むのが変な話だ。
それから三日後、俺はきちんと図書館の傘立てに、盗んだ傘を戻した。
盗んで良い所を返したのだから、俺の罪は消えたも同然だ。
図書館を出て、少し歩いていて、献花がしてあるのに気付いた。行きは気付かなかった。
気の毒に歩行者が飛び出して車に轢かれたとか。
災難なのはそんなマヌケな歩行者を轢いた運転手だろう。
とそこへ花を持った女性が来た。まだ二十代位だろう。綺麗な女性だった。
女性は俺に軽く会釈した。俺も返した。
「気の毒なことですね」
「はい。私達は婚約中だったんです。それがこんなことに」
「それは御愁傷様です」
「仕方ありません。突然、飛び出した彼のせいなんですから」
「でもなぜ子供みたいに飛び出したんでしょう。いえ、すいません。変なことを聞いて」
「良いんです。実は傘のせいなんです」
「傘ですか?」
「はい。実はその傘、私達が付き合い始めるきっかけになった傘なんです」
「と言いますと?」
「あの人、風が強い日にその傘を差してたんですけど、風で飛ばされて。その傘を拾ったのが私なんです。それをきっかけに私達、付き合うようになったんです。ですから、私達あの傘をとても大事にしていて。あの人よく言ってました。この傘がある限り、僕たちは大丈夫。どんな冷たい雨でも凌げる。って。だからこの傘を大切にしようって」
「その大事な傘を落としてしまって、慌てて拾いにいって、事故に遭ったんですね。気の毒なことです」
「いいえ。それは違います」と女性は言った。
「その傘を盗まれてしまって、慌てて追いかけてる内の事故でした。多分、道路の向こうに傘を盗んだ犯人が居て、無我夢中だったんだと思います」
俺は恐る恐る聞いた。
「その傘はどこで盗まれたんです?」
「図書館です。犯人は軽い気持ちだったんでしょうけど、私はその犯人を死ぬまで憎みます」
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