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翌日、リン達と熱血の拳メンバーは村から少し離れた場所にやって来ていた。
前日のうちに「明日拠点に戻る」と告げると村人やハーディたちから酷くがっかりされたが、それ以上止められる事は無く最後には「また来てくれ」と見送って貰った。
お礼とばかりに村人たちから生活に困らない程度に野菜を購入させてもらい、更に安物ではあったが垢すりタオルや、異世界産の低品質石鹸を各家に少量プレゼントした。
これには村長たちも驚いていたが「儲けが出たのは場所を借りさせてもらったからだよ。そのお礼だ」と告げるとニコニコ顔で受け取った。
さり気なく村人の中に、礼のよそ者嫌いが並んでいたがもちろんそれは村長らに「おいしい所だけ貰おうとするな!」と怒鳴り散らされていた。
「これがお前の言う裏技か?」
人気の少ない草原に敷かれた一枚の絨毯。サイズは行きに来た時使った物のの倍ほどある。
本来であれば以前使った物で往復するつもりだったが、人数が増えると言う事で急きょ【フリマ】で大きいサイズを購入した。
ちなみに日本製で、黒豹の様に艶やかな毛並みで撫でるとサラサラの上質な物を選んだ。
また、移動中落ちないように絨毯から紐を伸ばしてそれを掴んで貰うようにしてある。これで急にカーブなどしても最悪堕ちる事は無い。
「まあ、とりあえず上に座ってくれる?」
リンが全員に清浄化をかける。これで靴に付いた土などが取り払われるはずなので、絨毯の汚れは最低限に住む。そもそも絨毯が汚れても清浄化すればいいだけなのだが、そこは気分の問題だ。
言われるがまま皆が草むらの上に敷かれた絨毯に腰を下ろす。
「じゃあ、いくよっ」
リンが宣言すると絨毯がふわりと空中に持ち上がる。
「うおぉぉ!?」
「な、なに!? 飛んでる!?」
「なんと……」
「すげぇ、なんだこりゃ!?」
四人とも驚いて周りを見回す。既に地上四メートル近くの所まで浮かび上がって停滞している。
「絨毯から伸びてる取っ手があるでしょ? それをちゃんと握っててね。うっかり落ちたら大変だから」
「お、おう……」
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
リンが宣言すると絨毯は徐々に速度を上げてみ、最終的には車のような速度になった。
「うおおおおおおお! なんだこれ! 速えええ!」
「ちょ、これ、大丈夫なの!?」
「…………」
「やー、流石の俺もコレは予想外だわ。リン達が成長するにしてもこの方向性は予想出来ねーわ」
それぞれのリアクションを見てユキとエリは楽しそうに笑う。
ちなみに今回、熱血の拳メンバーを同行するにあたって取引を行っている。
①戦闘の補助と指導をしてもらう事。
②リンが移動と生活面のみに魔力をほぼ使う事になるので、その抜け
をフォローをしてもらう事。
③この移動方法はリン達が公表するまで秘密にする事。
この三点のみ。
彼らはすぐにそれを了承し、リンは魔力を使って移動に使い切る事にした。
現段階での魔力総数は590。1時間で100の消費なので、ほぼ6時間は飛べる。
そしてその速度は馬をはるかに超える速度で休みなし。
片道10日以上の道のりも2日で間に合ってしまった。
ハーレーの城壁が見え始めた時点で絨毯を降ろして、そこから歩く。
「マジかよ……2日でハーレーに付いちまったぞ。信じられねぇ」
「今までの馬車移動が嘘のようだな」
「どうしよう。うちにもリンが欲しい」
「やめとけって、あの二人がにらんでるぞ」
レンの言葉に慌ててカレンが首を振る。
「じょ、冗談だから! そんな怖い顔しないでよ!」
実の所、この2日間の移動ですらリンの有用性を知った熱血のメンバーが勧誘をした。
水の問題もなく、地形操作で戦闘のフォローが出来て、自衛できるだけの多様性を持ち、更には移動手段すら作り上げる才能。
冒険者であれば涎が出る逸材だった。
ユキやエリもステータスやその美貌から勧誘は激しかったが、能力その物と言う点においてはリンの前に大きく霞んでしまっていた。
だが、ユキとエリが「リン君(リンリン)は渡さない」と強く拒否。その時の気迫にハルト達が息を飲んでしまうほどで、後にハルトが「恋愛と美容が絡むと魔物以上に怖え―のが女だぜ」とリンの肩を叩いた。
そんな経緯もあって、ユキとエリの前ではリンの勧誘が禁句となりつつあった。
代わりに、今度一緒に狩りでもしようと約束をすることになった。
ハーレーの門に向かうと、門番がリン達に気付く。
「お、帰って来たのか」
「お久しぶりです」
「随分と見なかったが、長期の依頼か?」
「依頼自体は向こうで早めに終わったんですけど、稼げそうだったんで滞在してました」
「ははは、そうか。もし儲かったんなら今度酒でも奢ってくれよ」
「居酒屋で顔を合わせることがあればいいですよ」
「おお、言ってみるもんだな。まあ、期待しないでまってるよ」
そんなやり取りをしつつ、何時ものチェックを終わらせ中に入る。
ただハルト達の番で「A、Aランク!?」と驚かれていた。
「アレがテンプレだね」
「だな」
「テンプレ?」
漫画やアニメに詳しい2人は何を指しているか理解できるが、唯一そういった物に触れて来なかったユキだけが不思議そうにしていた。
「異世界物語で、出入り口でそのランクで驚かれるのは主人公の特権みたいな物なんだよ」
「へえ……なら、ハルトさんたちは主人公って事かしら」
「確かに、実力で駆けのぼってきた正統派主人公感あるね」
そんな事を話し合いながらハルト達を待ち、合流するとリン達は冒険者ギルドに向かった。
ギルドに入ると人数は少ないが、それなりに戻って来ていた冒険者たちがちらほらと見かけられた。
中にはアダイ村で拠点移動を検討していた冒険者もいて、こちらに気付くと手を振って挨拶をしてくれた。
それらに答えつつ、カウンターへ向かう。
「あ、セシリーさんお久しぶりです」
「え? あっ、リン君帰って来たの!?」
「はい、ちょっと長くなっちゃいましたが帰ってきましたよ。移動報告しに来ました」
「よかった……」
「え?」
「あ、いえいえ、移動報告ですね。パーティメンバー全員いらっしゃるようなので全員分承りました」
「あと、これ」
リンは魔法鞄から瓶を3本だけ取り出すと、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「コレは一体?」
「あれ、忘れちゃいました? オレたちがアダイ村に行くとき蜜の採取をお願いしてたじゃないですか」
リンがそう告げると周囲が突然ザワッと反応を示す。
「で、でもハニービーは絶滅危惧種で、捕まえると罪になるって」
「あ、それは大丈夫です。そもそも絶滅危惧種であることを報告したの僕ですし、この蜜はその前に確保した物です。これ、アダイ村のギルドマスターからもらった証明書です」
リンが追加で資料を差し出すと、それに目を通したセシリーさんはホッと息を吐きながら笑顔で頭を下げる。
「確かにこれは間違いなく合法な品ですね。確かに納品を賜りました。これだけの量が有れば1瓶金貨2枚は固いですね」
「2枚……結構高いですね」
「ええ、絶滅危惧種として指定されてしまってから採取が暫く禁止されてますからね。一応の魔物使いが派遣されて、クイーンとの契約に成功して少量ながらも蜜の確保ができるみたいですがそれでも希少性が上がったのは間違いありません」
「なるほど」
「…………ちなみにまだあったりしますか?」
探るような視線にリンはユキとエリをちらりと見る。
すると二人はしょうがないとばかりに肩をすくめる。
「俺たちの分を残しますが、ちょっとありますよ」
その言葉にセシリーが席から腰を上げて頭を下げる。
「おねがいしますっ、ギルドに譲ってくれませんか!?」
「……うーん、お幾らで?」
「少々お待ちを」
彼女は席を立ち奥の部屋へと向かう。どうやらギルドマスターの所へ向かったようだ。
暫くすると彼女と共にアンラクエがやって来た。
久しぶりに見るクールビューティーな彼女は、リンを見ると優し気に微笑んで頭を下げた。
「リンさん、お帰りなさい。既に納品いただいた蜜を確認させてもらいました。かなり上質で劣化も少ない品でこちらとしても有り難いです。もし同品質の品を頂けるのであれば一瓶当たり先ほどの値段に金貨+2枚お付けします」
そのやり取りに聞き耳を立てていた冒険者たちが色めき立つ。
金貨4枚……つまり40万オルである。
そこらの森に居る魔物を狩ってもせいぜい2~30万オルが精々なのに対して、1瓶当たりで40万となればかなりの額だ。
「ちょっと相談しても?」
「ええ、御随意に」
リン達は相談すると言って少し離れた場所で話し合う。
「どうする?」
「蜜は……三本納品したから残り16本だよ? いいんじゃない?」
「そうね、ここで下手に渋ってもアンラクエさんに悪いわ。ここは恩を売ると思って少し放出しましょ」
「……8本くらい?」
「じゃない? 正直リンリンのアレが解放されたから、別にここのじゃなくてもって感じもするし、とりあえず売って、また後日ってのもいいんじゃない?」
エリの言うアレとはリンの【フリマ】だ。先日日本製品が買える様になってしまい、甘味に対する執着が若干薄れているのにリンは苦笑いを浮かべた。
とりあえずの方針が決まった所でリンは再びアンラクエの元へ戻る。
「では、8本追加で納めます。残りはちょっと皆と相談して、余裕があればって事で」
その言葉にアンラクエがますます笑みを深める。
「ありがとうございます。実に、実にリンさん達は素晴らしい冒険者でいらっしゃいますね。これからも良い取引が出来る事を願っております」
「あ、ついでなんですけどコレどうぞ」
更に2本机に置かれる。
それを見て彼女たちは一瞬不思議そうにした。
「これは、買い取りと?」
「いえ、ギルドの皆さんにどうぞ」
「「え」」
アンラクエとセシリーの2人がハモる。
するとユキとエリが歩いて来て言葉を繋げる。
「そっちの8本は売り物ですよね。だとすると皆さんの口には入らないじゃないですか。だからそちらは単純にお裾お分けです」
「大事に使ってねー」
2人の言葉に奥で話を聞いていた女性ギルド職員がガタッ、と立ち上がる。
「ヤッタァァァァ!!」
「アタシ、初めてハニービーの蜜口にするんですけどっ!?」
「ひゃっはあああああ!!」
「やばい、泣きそう」
「天使がいる……。甘味を私たちに恵んでくれる甘味天使がいる」
皆それぞれのリアクションだが、一貫して嬉しそうである。
アンラクエさんも一瞬驚いて振り返るが、その笑みは先ほどより輝いてみる。
「良いのですか?」
「ええ、何かと迷惑をかけていた自覚はあるんで、そのお詫びと思ってください」
リンがそう告げるとその2つを受け取りアンラクエは頭を下げる。
「ありがとうございます。大事にギルド職員で使わせて頂きます。……ですが、賄賂としては受け取りませんからね?」
「勿論ですよ」
「ですが、もし何か皆さんに失礼な事をするような人が居れば相談してください。これほど気を利かせてくれる冒険者を融通するのあたりまえのことですから」
彼女がそんな事を口にしたのは、この場を見ている他の冒険者に対するけん制だ。
ギルドは賄賂として受け取ったりはしていない。コレを機に、彼らにやっかみを向けるなという牽制だった。
それから少しした後、最初の3本と追加8本分の納品金額380万オルが手渡された。
大金貨3枚と金貨8枚。それを受け取ったリンは共有資産へと保存することにした。
その後、カウンターを離れるとハルト達が驚いた顔をしつつ待っていた。
「ったく、お前ら当たり前のようにCランクの稼ぎを超すんじゃねぇよ」
「え」
「お前ら、軽いランク詐欺だぞ。早くランクあげろよ」
ハルトとレンが非難めいた視線を向けて来るが、ウォードに関しては一人頷きながらも同意する。
「お前たちは既にFランクには収まらない力を持っている。連携もさることながら個人技能もそれぞれが確立した物を持っている。俺としても早めにランクを上げる事を進める」
(そういえば、今回の依頼でランクアップに必要なポイントは稼いだんだよな。近々ランク上げの試験を受けないといけないな)
そんな事を考えながら一行はギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド内に遺された冒険者たちは唖然としたまま見送る。
「……なんだよありゃ。アイツらちょっと前に一悶着起こしてた新人だろ?」
「なんでAランクの熱血たちと一緒にいるんだ?」
「っていうか、あの「鉄壁」のウォードに認められるって相当だぞ。そんな強いのか?」
ヒソヒソと目の前で起きた事を話し合う冒険者。対してアンラクエは職員用の蜜をひとまず仕舞うとギルドマスターの元へ向かった。
コンコンとノックをすると中から「入れ」と答えが返って来る。
「入ります」
中に入ると複数の書類に目を通すシヴロスの姿だった。
「どうじゃった」
手を止めてアンラクエに向ける視線はどこか厳しい。
「蜜を合計で11本と、ギルドへと2本プレゼントされました」
「賄賂か?」
「いえ、彼らは「迷惑をかけているその詫び」だと」
「迷惑のう……、どれも馬鹿が暴走して勝手に自滅しただけなのに律儀なもんじゃな」
にやりを嗤いながら手元の資料を見る。
「それは例の報告書ですか?」
「うむ、リンたちが鑑定で絶滅危惧種だと察知した時の報告書じゃ。……魔物の絶滅危惧をするなんてふざけた事じゃが、お偉いさんたちは蜜が無くなっちゃ困るようじゃの」
「私も困ります」
「ワシは大して困らんよ」
「そうですか、なら私達だけで頂きますね」
「これこれ、そう言わずワシにも……」
「おや、不要なのでは?」
「まったく、普段は超が付く美人なのにキツく育ちおって。だいたいお前は――って、どうした? 顔が赤いぞ」
「い、いえ。なんでもありません」
上気した頬で慌てて顔を横に振るアンラクエにシヴロスは眉を寄せる。
「そうか? 疲れてるなら休むんじゃぞ」
「はいっ、その、ありがとうございます」
アンラクエは、かつてシヴロスが引退するきっかけになった依頼で、唯一その命をシヴロスに救われた子供だった。
歳の差はあれど彼に仄かに恋心を寄せるシヴロスから美人と言われ、照れながらもそれを必死に抑えつつ礼を言う。
「お? おう?」
対して歳の差故に彼女の想いに気付かない彼は、上機嫌になった理由が分からず、首をひねりながらも仕事に話に戻す。
「とりあえず今回の報告はかなりポインドがデカい。緊急依頼達成の件と合わせても相当なポイントになるじゃろうな」
「……特殊試験にしますか?」
特殊試験とは極稀にだが、短期間でランクアップに必要ポイントを稼いだ冒険者が受ける試験の事で、2段階昇格が可能になる特殊な試験を指す。
当然難易度は通常の倍は上がるが、本来一度試験を受けたら次の試験まで半年を開けなければならない昇級試験を一度に2つ分受けられるためかなりメリットは大きい。
もちろん失敗すれば、半年は現在のままのランクだが。
「まあ、その辺りはリン達が決めるじゃろ。準備だけはしておいてくれ」
「畏まりました」
先ほどまでの赤面は落ち着いて、何時もの調子で頷くアンラクエ。
心の底では先ほどのやり取りのきっかけを生み出したリン達に、心底感謝しつつ部屋を出ていくのであった。
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