20

4/8
前へ
/98ページ
次へ
 最初に動いたのはコットンだった。  既に一般人とは思えない速度で間合いを詰め、捻り込むように拳を打ち出す。 「ふん」  だがその一撃はグランの大剣の前にあっさりと防がれる。  激しい金属音が鳴り響き、僅かにだが衝撃すら感じさせる力強さ。 「どうやら無策ってわけじゃねぇみたいだな。だがちょっとレベルを上げたからってどうこうなるってもんじゃねぇぞ」 「ええ、それは重々承知です。ですが私にも負けられない理由があります」  睨みあう2人。  今度はグランが動く。 「おおっ!!」  雄叫びと同時に振り下ろされた大剣は、地面を大きく抉る。さらには粉塵を巻き上がらせ、視界を大きく塞ぐ。 「コットン!」  悲鳴のようなイータの声が上がるが、グランは険しい表情のまま動かない。  次の瞬間。 「そこだっ!」  グランが剣を横なぎに振るう。その先には土煙に紛れて迫っていたコットンの姿があった。 「くっ……!」  苦虫を噛み潰したような表情で姿勢を低くして躱すコットン。  ナックルガードの手甲部分で大剣をいなす様にして懐に潜りこむ。 「はああぁぁっ!」  気合と共に打ち出された両手による打撃。  それがようやくグランの腹を捉えた。  激しい打撃音と共に二人の距離は再び開く。  拳を打ち出した姿勢で制止するコットンと、打ち据えられた腹部を抑えて獰猛な笑みを浮かべるグラン。  イータもすっかり言葉を失ってしまい、目をまん丸に見開いて固まっている。  数日前までの一般人であった彼を知る彼女にとって、先ほどの接戦は文字通りレベルが違っていたのだろう。 「ちったぁ、やるようになったみてぇだな」 「当たり前です。その為に私はレベルを上げて来たんです」 「おう、その努力は認めてやるよ……だがな――」    次の瞬間、コットンは地面に倒れ伏した。 「がはっ……!」  3メートル程の間合いがあり、更にはそこから一歩も動いていないのにも拘らず、あっさりとコットンを打ち据えた一撃をリンは見る事が出来た。  まずグランが行ったのは大剣を真上から振り下ろすという、非常にシンプルな動き。  だが大剣を目にもとまらぬ速度で振う時点で、以下に彼が逸脱した力の持ち主であるかは容易にうかがえる。  ただ、それだけでは射程外への攻撃の理由にはならない。  その秘密にはユキが使った気刃が関係していた。  振り下ろされる大剣の延長線上に見える、蜃気楼のような揺らぎ。かつてユキが使って見せた気刃という、不可視の刃を使った攻撃を見せたことがあったがグランはそれをまさにやって見せたのだ。  ただ、気刃は「武器以上の切れ味にはならない」という技の特性上、鉄の棒で殴られた形になる筈。  とはいえ重量と速度を持って振り下ろされた気刃の前に、コットンはなすすべもなく打ちのめされてしまった。 「もし俺がどこぞの悪漢だったら、今頃イータは連れ去られて犯されてお終いだ」  グランの言葉にコットンが反応する。 「……ぐっ」 「いいか、世の中な理不尽なんだよ。力のある下種はごまんといるし、逆に力のない正義も同様だ。お前はどうなんだ? 力なく正義を訴えながら大切な物を奪われるのか?」 「わ、私は……彼女を、守る」 「そのなりでどうやってだ。確かに短期間で力を付けたのは素直に褒めてやる。その技術も誰かに教わったんだろうが、中々のもんだ。だがお前には圧倒的に足りねぇもんがある」 「……」 「それは力と覚悟だ。単純に守るだけの力。腕力の話をしてるんじゃねぇぞ、魔法でもいい、道具の力を借りても良い、それこそ他人の手を借りたって良い。お前は何を勘違いしてるか知らねぇが、お前ひとりでイータを守れと言ってるんじゃねぇ。『どんな手を使っても守る』っていう覚悟が足りねぇんだよ」  その言葉にコットンは少し目を見開く。  彼の言葉の意味を理解したのだろう。 「お前はどうなんだ? その辺りの力(・・・・・・)はねぇのか?」 「――いえ、ありますよ。とっておきの力が」  ニヤリと笑みを浮かべると、彼はリンを見つめた。 「リンさん、力を貸してくれませんか? 報酬の賃貸の件、さらに割引するんで」 「俺としては有り難いが……いいのか? 決闘だろ?」 「いえ、コレは悪漢から彼女を守る戦いですよ。その為なら汚名だろうが何だろうがいくらでも被ってやりますよ。卑怯と言われても良い。屑と罵られても構わない。彼女を守れるのなら私はいくらでも手を講じますよ」  その言葉を聞いた途端、グランはニヤリと笑みを浮かべた。  どうやら正解らしい。  冒険者である以上、酸いも甘いも味わう日が来る。  綺麗ごとばかりで世の中が回るとは思っていない。だからこそ、あらゆる手を講じてでも目的を達する貪欲さが必要だったのだ。  それをコットンは今示した。決闘と言う場で自らの力を示したうえで、卑怯な手を使ってでも大切な物を守ろうとする覚悟。それがグランの提示した条件だったようだ。 「そう言う訳で、俺も参加させてもらいますよ。……折角引退したとはいえ、先輩と手合わせするチャンスがあるんですからね」 「おうよ、ウチの馬鹿婿が世話になったな。悪いが最後まで付き合ってくれや。そっちの嬢ちゃん達は良いのか?」  もう婿呼びかとリンは苦笑する。コットンも面食らったような顔をするがすぐに表情を切り替える。 「一応男同士の戦いですからね。ここで彼女たちの力を借りたら、それこそ駄目でしょう」 「俺は構わねぇぜ? なんせ俺の出した条件はそう言うもんだからな」  ニヤニヤとした様子で話しかけるグランに、コットンは苦笑いを浮かべながら答える。 「まあ、その通りなんですがなけなしのプライドって奴ですよ」  リンは訓練場の剣を片手にコットンに声をかける。 「コットンさん、ここは男の見せ所らしいですからね。目いっぱいやりましょうか」 「ええ、出し惜しみは無しで行きましょう!」  今度はグランが先に動いた。 「……ッラァ!!」  大剣を横殴りに振るう。  力任せな振り回しで、太刀筋も糞もないただのブン回し。だが大剣かつ重量と刃を潰してある特性上そもそも太刀筋は必要ない。振って、当てれば致命傷なのだ。  しかも気刃の効果でその射程は、既に3メートルを超している。巨人の腕と何ら変わらなかった。  ブオン、と風を薙ぎ払う音が耳に届く。  咄嗟にリンとコットンはしゃがんで回避を試みるが――。 「甘ぇ!!」  頭上で起動が急に変わって、振り下ろされる。  直撃はしなくとも、叩きつけられたその質量に2人は大きく吹き飛ばされる。  ダメージは思ったより小さかったようで、土を払いながらリンは思わずつぶやく。 「……コットンさんのお義父さんはなんで引退したのか分からないですね。今でも十分通用すると思うんですけど」 「それには同意しますね。アレでブランクがあるとは思いたくないですよ」 「何年前? 引退したの」 「……たしかイータが7歳だったはずなので15年前かと。確か今年で55歳ですよ。引退理由もお義父さんの実力に嫉妬した仲間による裏切りって話です」 「引退してなかったら絶対にAランクいってたなこりゃ。嫉妬する訳だ」 「おいおい、なにくっちゃべってんだよ!」  グランが片足で踏み込み、間合いを詰めて来た。 「くっ……換気(ブロウ)!」 「おっ、おお!?」  リンが咄嗟に放った魔法に体勢を崩すグラン。  さらにコットンが風圧を背中に背負って、一気に間合いを詰めて顔目がけて拳を打ち出す。 「はぁっ!」 「ぐっ、いてぇな!」  殴られた仕返しとばかりに頭突きで応戦する当たり、ゴリゴリのパワーファイターのようだ。今まであった事のないタイプの冒険者だ。 (まずいな……意地を張ってユキたちの手を借りないなんて言ったけど、本気で強い。元々俺は戦闘特化じゃないし、コットンさんの戦いも付け焼刃が良い所だ。ここは速攻を駆けた方がいいかもしれない)  リンは押されつつある戦況に一気に攻勢へ出ることを決める。 「コットンさん、俺が陽動します。隙を見て攻撃を仕掛けてください」 「分かりました」  この数日間でリン達と訓練した結果、ある程度のコンビネーションは組めるようになっていたコットンは2つ返事で前に出る。 「お、何をする気だ?」  ワクワクした様子のグランに向かってリンは手を伸ばす。 「幻影(ミラージュ)」  リンが呟いた途端、コットンの周りに複数名の影が生まれる。それは今まさに剣を振り上げんとコットンやリン、さらにはイータの姿もあった。  驚きに身を固くするが、すぐにそれも解けて彼は大きく飛び退き、コットンの拳は空を切る。  攻撃が避けられた事でコットンが深追いすることはせず、その場に足を止める。  対してグランは大きく飛び退いた先で、チラリと本物のイータをみて顔をしかめる。 「幻惑魔法か……俺の知ってる奴だとここまでの完成度じゃねぇんだがな。どう見ても本物にしか見えねぇな。兄ちゃんの魔法か?」  リンを見てグランは声を上げる。 「そうですよ。こう見えても俺は魔法の扱いには自信があって、こんなこともできるんです――剣舞踏(ソードダンス)」  リンが呟くと、予備として用意されていた剣がふわりと浮かび上がり、空中に待機する。その数およそ6本。  レベルが上がり、魔力量に余裕が出来た事でこれだけの数を操る事が出来るようになった。  短期であれば12本まで扱う事が出来るが、あっというまに魔力切れを起こしてしまう為普段は6本までに抑えてある。 「おいおい……婿殿、お前さんの友人関係はどうなってんだ? まさかレイスとかの魔物使いじゃねぇだろうな」 「お義父さん、彼はれっきとした魔法使いですよ。ちょっと使い方が独特なだけで」 「独特過ぎだろ……」  何やらリンを介して義父と婿の仲が良くなっている気がする。そんな事を考えながらリンは武器を構える。 「更に、幻影(ミラージュ)」  すると今度は幻惑で作り出された非実体の剣が10本ほど現れた。  この幻惑魔法、生み出すだけ生み出して、あとはイメージで動かすだけなのでさほど魔力を食わない。魔力を込めた攻撃を当てられると霧散して消えてしまう弱点があるが、目くらましとしては上等な代物だ。  こうしてグランの前には、偽物のリン・コットン・イータが10名と実体と偽物を含めた剣舞踏(ソードダンス)が16本が空中に待機している。 「いきますっ!」 「来い!」    コットンの宣言に合わせて戦いが再び始まった。  リンは外部から魔法の操作を2つ行っている為、直接戦闘には関われない。  なので実際はコットン単体による攻撃と、幻惑に寄る陽動+剣舞踏(ソードダンス)による不意打ちで何とか拮抗している状態だ。  何度かリンを先に仕留めようと攻めて来るが、それをされてはバランスが崩れるのも分かっているコットンは死に物狂いで留める。  さらに剣舞踏(ソードダンス)たちが行く手を阻み、時折打撃を与える。  コットンも幻惑をうまく利用し、常に死角を位置取って着実に一撃を放つ。  だがそれでもコットンと魔法による妨害を抜けてリンにたどり着くグラン。  ここまでかと思われた次の瞬間、無数に存在していた幻惑が消え、リンは突き出していた右手をグランに向ける。  そして凶悪極まりない笑みを浮かべる。 「熱湯(ヒートスプラッシュ)」  何もない空間から熱湯が噴き出した。 「熱っちゃああああああああああああ!!!!」 「熱ぅぅぅぅぅぅ!?」    突然の絶叫と自爆による悲鳴が訓練所を木霊し、勝負は幕引きとなった。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

450人が本棚に入れています
本棚に追加