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リンたちが村に到着したのはそれから4時間後であった。
道中小物を狩りつつ、移動したがレベルは上がらず素材だけを回収していた為、移動に時間が掛かってしまった。
村の名前はアダイと言い、木で出来た物見台や、荒いながらも低い石の壁に囲われて「発展途中の村」という印象の農村だった。
食堂や宿、小さいながらも商店がいくつかあり、そこで道具を揃えられそうだ。到着したリンたちは、とりあえず冒険者ギルドに向かい、登録と報告を済ませる事にした。
アダイ村の冒険者ギルドは、周囲の家屋に比べてやや大きな物で、看板には「冒険者ギルド~アダイ支部~」と書かれていた。
初めて見る異世界の文字に興奮する3人は、周囲から不思議そうに見られてしまい若干の恥かしい思いをする。
中に入るとカウンターが2つ、テーブル席が数か所と言った若干西部劇に出てくるようなデザインに近い空間だった。
天井には空調なのか、羽の付いた風車が絶えず動いており、そこから僅かに涼しい風が送り込まれている。
「ほら、行くぞ」
いつまでも周りを見ているリンたちに痺れを切らしたハルトが背中を叩く。
ハルト達は隣のカウンターに向かい、リンたちはもう一方のカウンターへ向かった。
「ようこそ、冒険者ギルドアダイ支部へ。どんな御用ですか?」
「えっと、登録をお願いしたいんですけど」
「はい、登録には一人当たり銅貨8枚必要ですが問題ありませんか?」
「はい」
ユキが懐から小袋をとりだし、3人分提示する。
「はい確かに、ではこちらの紙に名前と年齢、得意とする武器。もし3人ともパーティーを組む予定であればパーティー名を記入してください」
リンたちは、言われるがまま記入を済ませる。ちなみにパーティー名については前もって決めてある。ハルトに登録を進められた時に「どうせならお前らパーティーとして登録しとけ、面倒な勧誘を避けるにはちょうどいいぞ」と言われたからだ。
(確かに二人とも可愛いから、それ目当てで誘いがありそうだもんな)
リンはそう納得して聞いていたのだが、ハルトとしては異様なまでに有能なリンの生活魔法を危惧して進めていた事を知らない。
彼の生活魔法は、アダイ村のような発展を望む村で、貴重過ぎる存在だった。
なんせ彼の魔法は本来の生活魔法より効果が高い為、農地は易々と開拓できるうえに、水に困らない。そして植物を成長させることもできる為、農作物も高回転で生産できる。彼が居れば村は安泰になるのだ。
「……はい、承りました。パーティー名は「1B(ワンビー)」でよろしいですね?」
「お願いします」
ちなみに1Bとはリンたちのクラスである。一年B組、ただそのままではあからさまに浮いてしまう為、少し言い方を変えたのだ。
だがリンには別の思惑があった、おそらくこちらに呼ばれたであろう勇者たちはどこかの国の王族に囲われているはずだ。その国がそうであるという確証はないが、勇者召喚する国の半数は裏で黒い事をしているというのがリンの知識に合った。
それゆえに、自分の身を守るのすら危うい現状で彼らに気付かれるのはマズいと判断したのだ。
それゆえに1Bという名前にした。
あいにくこの世界ではBランクなどといった、アルファベットが存在するようなので周りには「Bランクの一番を目指す」という意味に見えるらしい。実際、ハルトに名前を打診した時に「お前言うならAランクナンバーワン! 位言って見せろよ」と突っ込まれた。
もしかすると、この世界に放り出された他のクラスメイトは1Bというパーティー名を見ても気づかないかもしれないが、これが精いっぱいだと思った。
優先すべきは自分たちの安全、次にクラスメイトの安否とリンは決めていたのだ。
「でしたら、このプレートに血を一滴垂らしてください」
そう言って差し出されたのは青銅で作られたタグと一枚のカード。タグの方はドッグタグとよばれる首から下げるような形だ。
カードには先ほど記入した内容が記載されており、その上に四角い空白が作られている。どうやらそこに垂らすらしい。
受付の女性はスッと一本の針が上に突き出た小道具を差し出してくる。
これで指を刺せという事らしい。
(血を流すのか……まあ、少しくらいなら)
ぷくっと血玉が出来て、それを血判の様にカードの空白に押し込む。
するとカードが一瞬光ると、血が消える。
「これで登録は完了です。カードは魔力を流すと発光します。これは別の人が使った場合何も起こりません。個人を特定するための重要な身分証ですので無くさないようお願いします。再発行には銅貨4枚かかりますのでご注意を。
またタグに関しては、ランクが上がれば、そのランクに応じて交換されます。ランクは S、A、B、C、D、E、Fの7段階でF~Eは青銅のタグ、Dは銅のタグ、Cは鉄、Bは銀、Aは金、Sは魔銀となっております」
スラスラと慣れた様子の受付嬢から説明を受けると、ユキがメモを取り始める。
その光景を受付嬢が微笑ましそうに見つめながら続ける。ただ途中で、そのメモ用紙の品質の高さと見た事のない筆記用具に目を見張る。
だが、流石にそこはプロ。平静を取り戻し、説明を再開した。
「また冒険者同士の争いに関しては、ギルドは基本禁止しておりますが、やむを得ない場合は決闘という形でギルド職員を仲介人として非殺傷武器を用いた戦闘をするか、別の誰かを立会人として処理する場合があります。これは、クエストの奪い合いや報酬の分け前などで、殺傷事件が起きた事が原因です。ですので、そのような問題があった場合、すぐさまお近くのギルドにご相談ください。仮に万が一、相手が問答無用で襲ってきた場合正当防衛としての戦闘行為は認められてますが、殺傷した場合罰則が与えられますのでご注意を」
「ちなみに罰則はどのような?」
「禁固刑、罰金、奴隷堕ちなどがございます。たいていの場合罰金となりますが、かなり高額な為払えず借金奴隷として奴隷となりますね。もし抵抗すると今度は犯罪者として捕縛され禁固刑になります」
(思ったよりしっかりとしてるんだな。ただ、聞いた限りだと「死人に口なし」がまかり通る感じだ。気を付けよう)
チラリとユキを見ると彼女も同じ考えに至ったのか真面目な顔で頷く。
「以上までの説明で不明な点はありましたか?」
「いえ、ありがとうございます」
「では最後に、冒険者は各地を移動します。仮に拠点を変える場合はまず現在地点のギルド――この場合アダイ支部ですね。こちらにご一報ください。稀に指名の依頼などが入れ違いになる場合があるので。次に新しい街に着いたらギルドへ拠点移動の報告を兼ねて一度顔を出して頂けると幸いです。追っての報告がある場合、よりスムーズになるので」
「わかりました、ユキは聞きたいことある?」
「……大丈夫。今の所思いつかないわ、もし気になった事があれば聞きに来ても良いですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
その答えを聞いて、ユキは頷きお終いだとリンを見る。
最後にエリを見るが、彼女はポケッと別の場所を見ていた。……どうやら途中から聞いていなかったらしい。
リンは肩を竦ませると、ユキに任せたと目で合図する。
彼女も溜息を吐きながら、先ほど聞いた内容をより砕いて説明に入った。
「ありがとうございました。では、また来ます」
「はい、良い冒険を」
三人はカウンターから離れそれぞれタグを首から下げる。
またカードを手に取り、魔力を流すと確かに光った。
簡易版ステータスを隠すようにして見ると、減っていない。どうやらこれを使う程度では消耗とならないらしい。
「これでアタシたちも冒険者かー」
エリが頬を緩ませてカードを眺める。
ユキは興味深そうにカードの仕組みを調べている。二人は平常運転であった。
すると、遠く離れた場所からざわめきが上がった。
「ん?」
なんだろうと視線を向けると、ハルト達が他の冒険者に囲まれていた。最初喧嘩かと思ったが、周囲の視線が好意的である事が分かった。
「すげえ! 4等級の魔石とか初めて見たぜ!」
「さすが熱血の拳だな、倒したのはデビルズボアなんだろ?」
「ああ、しかもその時一緒に戦った新米もいるらしいぜ」
「マジかよ、そいつらどうなったんだ? 死んだか?」
「いや、生き残ったらしい」
「へぇ~……ってことは近くに、あ――」
雑談をしていた二人組がこちらを見る。
「なあもしかして、熱血のと一緒に戦った新米ってお前らか?」
筋肉質な二人組が歩いてくる。
片方はスキンヘッドで、もう一方は短髪の紙を額当てで上げている。
二人は最初リンを見ていたが、近くに来ると後ろに居る可愛らしい少女二人に気付き、眼を見開く。
「はい、偶然道に迷っている所を拾ってもらって、来る途中に襲われました」
リンが答えるとすぐに表情を戻し、会話に戻った。
「そりゃ災難だったな。よく無事だったな」
「ええ、皆さんが居なかったらどうなってた事か」
「だな、そんなかわいい子を死なせたとあっちゃ、彼氏としては死んでも死にきれねぇもんな?」
スキンヘッドがニヤニヤとリンを見る。何となく下世話な想像をされてるのは理解した。
(なんだろう……この世界の人達はどうしてすぐ俺たちを恋仲だと思い込むのだろうか。年が近いからか?)
リンは盗み見る様にチラッと二人を見ると、さほど気分を害してる感じがしない事にホッと胸をなで下ろす。これで「こんなのが彼氏とか勘弁」など言われたら暫く立ち直れない。
「ま、まあ、とにかくしばらくは安全そうなところで活動しますよ。死にたくないですし」
「おう、それが良いぞ。もし一発当てて儲けたらいっぱい奢ってくれよな」
「え? あ、はい」
つい頷いてしまうと二人が大声で笑った。
なんでだろうと不思議そうに見ていると二人は笑った事を謝罪しつつ続けた。
「坊主、今のところは「自分の酒くらい自分で稼げ」って言う所だぜ。そんなホイホイ奢る約束してると、ケツの毛まで毟られるぞ」
(どうやらこれは冒険者ジョークという物なのかもしれないな。そこはかとなくアメリカンな皮肉っぽい感じだ)
「なるほど、「そのくらいの気概でいろ」って事ですか」
「そう言う事だ、まあ、お前は素直そうな奴だから教えておこうとおもってな。あまり素直に頷いてると、そのうち騙されて変な契約結ばされるぞ」
すると、反応を示したユキが前に出る。
「そんなことがあるんですか?」
突然会話に入って来たユキに驚いたスキンヘッドだが、すぐに真面目な顔で答えた。
「おう、なんでも王都じゃ言葉巧みに相手を頷かせて、飛んでもねェ契約をさせる悪徳商人が居るって話だ。ソレのせいで知り合いの冒険者が借金背負わされた」
話を聞いていたエリも顔を顰めて、ぶるっと震えた。
「うわぁ……怖いね。ありがとうおじさん、気を付けるね!」
「おじ……俺はこれでもまだ20代だぞ」
「あはは、ごめんねお兄さん!」
「おうよ!」
改めて礼を言うと、二人は手を振って離れて行った。
「良い人だね。最初絡まれるかと思っちゃった」
エリが二人を見送りながらふう、と息を吐く。リンも開所強面の男二人が近寄って来たので絡まれるかと思い一瞬身構えてしまったが、思った以上に親切だった。
3人で暫く雑談をしていると、熱血の拳メンバーが戻って来た。
「お待たせ。ほいっ」
言うなり投げてよこして来たのは、何やらジャラジャラと音を立てる小袋。
中を開けてみると銀貨30枚と銅貨30枚ほどが入っていた。
「これは?」
「例の魔石の買取が終わったんでな。お前らの取り分だ」
「良いのこんなに」
「ったりめえだろ、お前らはやれることをして戦った。それに留め刺したのはそっちの嬢ちゃんだろうが」
ハルトの言葉に周囲の冒険者がざわつく。
「まじかよ……デビルズボアをとどめ刺す新人とか、なにやったんだよ」
「なんでも素材が回収できなかったらしいぜ。ボロボロ過ぎて」
「魔法か? だけどあの子今登録したばっかだろ? どこか有名な人の弟子か何かか?」
そんな声が聞こえて来る。
するとカリンが手を何度か叩き、皆の注目を集める。
「とりあえず宿に行こうじゃないの。部屋を取って、そんでもって飯!」
その言葉にお腹がぐうとなるのを感じた。
一応野営時に簡単な夕食を取ったが、どうしても足りなかった。そして朝食もなかったのでかなり空腹だ。
「さんせー! おなかすいちゃったー」
エリも同意してカリンの後をついてく。
「そうね、今日はちゃんとしたベッドで寝たいわ……リン君寝る前に清浄化お願いね」
「あ、うん。わかった」
宿はこれまた少し古い建物で、2階建てだった。
1階は食堂のほかにも簡単な道具やを営んでおり、冒険者が必要な道具を買い求めることができるようになっていた。また、2階には一部屋6人が泊まれる空間があった。
最初、男女で別れるかという話になったのだがユキの提案によってパーティー別に部屋を取る事にした。
その際に熱血の拳の男共からニヤニヤと下種な視線を投げかけられたリンは、溜息を吐いた。
「はー、おいしかった」
食事を終えた後、エリは共通で取った部屋に入るなりベッドにダイブした。
「こら、まずその前にすることがあるでしょ」
ユキが部屋の扉の鍵を閉めながらエリを嗜める。
「ん~……? ッ!! リン君ベッド清浄化して!」
「え?」
「なんか変なにおいする! たぶん干してない!」
その言葉にユキも眉を寄せる。
彼女としては別の話をしたかったのだろうが、ベットが不潔なのはいやみたいだ。
「……お願いできる?」
「うん、俺も嫌だしやるよ」
言われた通り清浄化をかけると、黄ばんだシーツは新品の様に真っ白になった。
試しに触ってみるとサラリとした触り心地に戻る。
流石に綿がヘタっているのまでは戻らないみたいだが、それでも大分マシになった。
ついでという事で、そのまま3人は体もきれいにする。
改めてベッドに腰を掛ける。
「いやーリンの魔法には大助かりだね! もしこれが無かったと思うとぞっとするよ」
「ええ、それは同意するわ。何日もお風呂入れないのは辛いけど、それでも清潔を保てるのは有り難いわ」
「まあ、やろうと思えばできそうだけどね」
ボソリと呟くリンに二人が顔を向ける。
「え?」
「出来るの!?」
「うん、浴槽になりそうなものさえあればね。さっき移動中試したんだけど、火種の魔法と水の魔法を同時に使えないか試したら、ちょうどいい温度のお湯が出たよ。魔力の消費は2つの魔法で10だから、今の魔力量ならまあ、問題ないんじゃないかな」
試しに部屋に備え付けの洗面器――恐らく体を拭く水を入れる物――にお湯を少量出してみると、二人は驚いた顔をしていた。
「……こうなったらリン君は本当に手放せないわね」
「一家に一台リンリンだね」
「家電かな?」
冗談を交えて笑いあっていると、ユキが次の話題を切り出した。
「ハルトさんたちが「能力の開示は仲間内で」って話だから、今のうちに確認しておきたいんだけどいいかしら」
「たしかに、簡易版だと体力と魔力しか見れてないもんね」
「私も気になるー」
するとユキはエリがフルで表示をしようとするのを止める。
どうしたのかと二人の視線が集まるとユキが口をひらく。
「間違っても能力の数値や、スキル名は口に出しちゃダメよ?」
「え? なんで?」
エリは不思議そうにしている。ただリンはハッとした様子で壁を見つめる。
すると別室で盛り上がっているハルト達の声が聞こえて来た。
「薄いのか」
「そう」
二人だけが理解してるのが不満なのかエリの顔がぷくっと膨れていく。
「どーいうこと? 教えてよユキリン」
(その纏めた呼び方もう決定なのか)
心の中で突っ込んでいるとユキが代わりに答えた。
「この宿は壁が薄い、つまり私たちの会話が外から聞こえるのよ。さっき私たちはデビルズボアの件でそれなりに注目を浴びた。もしその中に私たちをよく思わない人がいたとしたら、情報を探ろうと耳をそばだててるかもしれないでしょ?」
ユキの話を聞いて理解したエリは、なるほどと頷いた。
その直後リンを見る。
「さっき生活魔法の話しちゃった」
「それ位仕方ないよ。隠れて使う訳にもいかないからね。ただ細かい部分や他のは駄目だよ」
「うんわかった」
エリは真面目な顔で頷いた。
「なら、今度こそ見ようか」
念のためカーテンを閉めた後、リンたちは各々ステータスを表示させた。
――――――――――
リン
16
称号:巻き込まれし者・女神に救われし者
Lv8
体力:600/600
魔力:280/280
攻撃:85
防御:60
精神:90
速度:60
器用:90
運 :100
スキル:◎フリマLv1 ○生活魔法Lv1
――――――――――
――――――――――
ユキ
16
称号:リンに救われし者
Lv10
体力:2300/2300
魔力:680/680
攻撃:1200
防御:550
精神:700
速度:650
器用:1000
スキル:◎治癒魔法Lv1 ◎槍術(鬼才) ○体術Lv1
――――――――――
――――――――――
エリ
16
称号:リンに救われし者
Lv13
体力:1980/1980
魔力:770/770
攻撃:690
防御:330
精神:300
速度:800
器用:300
スキル:◎身体強化 ○体術Lv1 ○火属性魔法Lv1 ○風属性魔法Lv1
――――――――――
「なんか、俺だけめっちゃ普通だな」
「っていうかユキのステータスヤバくない? この二つ」
指さしたのは攻撃と器用値だった。共に1000オーバーしている。
体力の高さもさることながら、ステータス全般が完全に戦闘特化している。
「すごいね」
「ええ。たぶんなんだけど私はこれなんじゃないかなと思ってる」
そう言いつつ、ユキは手帳を差し出す。そこには早熟の文字が書かれている。
その横に「声に出さないでね」とも。
(たしかに、レベルの上がり方はほとんど同じなのに、彼女だけステータスの上り幅がデカい。つまりスタートダッシュが早い早熟タイプって事か。俺が言えた事じゃないけど、火力不足だからこれは有り難いかもしれない)
「あと、気になるんだけどエリ、このスキル今使える?」
ユキはエリのウィンドウに表示された身体強化という文字を指さす。
すると彼女は頷いて「使ってみる?」と聞いた。
ユキはこちらをちらっと見たので「周りを壊さないようにしてね」とだけ言って、頷くと彼女はスキルを発動した。
すると、彼女のステータスに変化が生じた。
体力:1980/1980
魔力:770/770
攻撃:690 →1380
防御:330 →660
精神:300
速度:800 →1600
器用:300
このように攻撃・防御・速度の三点がすべて二倍に上昇していたのだ。
その事に三人とも驚く。
「でも、コレ長く続かないよ」
「たしか……十分?」
「うん」
「いや、それでも凄いよ。いざって時はこれを使ってもらおう」
「あれ、普段から使わないの?」
「うん、普段から楽を覚えたらいざって時に困るでしょ」
「そうね。それにそれを毎回使ってるといつか対策を取られる可能性だってある。奥の手はあるに越したことないわ」
「そう言う事ならそれでいいよ。アタシには他のがあるし」
(そっか、彼女には攻撃魔法っていう手段もあるんだ。改めて考えるとこの二人凄いバランス良いよな……それに引き換え俺は)
リンは自分のステータスを見て肩を落とす。レベルが上がっても差が広がるばかり。
ハルトに聞いたのだが、一般人の能力の平均は10~20らしいので、やっと一般人を少し卒業で来たってレベルだ。
ただ、今の自分では最低ランクの魔物を倒すのがやっとで、少しでも格上が出たら手も足も出なくなるらしい。
ちなみに魔物は冒険者のランクと同じでSからFまであるそうだが、一つのランクにつき+-の段階が用意されており、今日戦ったデビルズボアはA-という、Aランクの中では弱い方に位置付けられている。
そしてリンは恐らくF+までが精いっぱいと言うのがハルトの見立てだった。
すると、ユキがリンの手をぎゅっと握る。
「リン君の力は立派よ。それが無いと私達本当困るもの」
「そうそう! もう一個のほうも凄いよね! 三人の中で一番便利なんじゃない?」
二人の言葉に少しばかり鼻がツンとなる。
女の子に守られてばかりで情けないばかりだが、それでも自分を認めてくれる言葉にリンは涙が出そうになった。
ただ、本当に泣くわけにはいかないので話を切り替えようと話題を振る。
「と、とりあえず今日はしっかり休もう。色んな事があって疲れたからね。外を出歩くのはいいけど、ここは前居た場所と違って治安が絶対良いってわけじゃないから、暗くなる前に戻ってくること」
「わかってるわ。私も疲れたから、休ませてもらうわ」
「アタシはどうしようっかなー。ちょっと一階のお店見てこようかな。道具はまだあるけど、何があるか知りたいし」
「ならお金渡しておくわね。足りるとは思うけど、変な買い物しないでね」
「はーい」
銀貨一枚を受け取りエリは部屋を出て行った。
残ったのはリンとユキ。
沈黙が流れる。とはいっても疲れの方が勝っていたようで、リンは六つあるベッドの一番奥、ユキたちから最も離れた場所に陣取り、横になるとすぐ眠ってしまった。
すぐ眠ってしまったリンを、ユキが黙って見つめる。
「本当……凄いわね、貴方は」
小さく呟いた彼女の声は、これまでで一番弱々しかった。
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