この世界に私は見捨てられた

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先程まで点滅を繰り返していた、横断歩道の信号が赤に変わる。やがて、車道には昼間の時間帯という事もあって多くの車が走り出した。 信号待ちをしている最中の事だった。 言葉を交わす事もなく、自然と息子の隣に立つ私。 息子の顔を見上げると、先程から苦しそうな表情をしている。 どうしてだろう? 何かあったのかな? 「……大丈夫?」 息子に尋ね、顔に触れようと手を伸ばした時だった。 「しつこいんだよ!!」 息子の叫弾と私を追い払うように振り払った左腕が、私の顔に当たりそうになった。咄嗟に避けようと体を仰け反る。 その瞬間、足下を掬われて千鳥足のようによろけた。上半身が崩れ、そのまま車道に飛び出す形になり、尻餅をついた。 すると、けたたましい機械音が車のクラクションだと直ぐに理解する。 クラクションが聞こえた方を見やると、私の所まで十メートルもない距離まで迫り来るトラック……。 息子に邪険に扱われた事実と、この置かれている状況に身動きが出来ずにいる私……。 先程まで私が立っていた場所に立つ息子は、口元を緩め私を見下ろしているだけ……。 息子の隣に立つスーツ姿の中年男性は、この状況を見て見ぬ振りをして、私と視線を合わそうとしない。 その中年男性の隣に立っている、派手な服を着ている若い女性は、自身の顔を両手で覆い隠し、目の前の現実から目を背けている。 自分は行動を起こさず、高みの見物をしながら周りにいる人間に私を助ける様、喚きほざいている年配者もいた。 彼等との距離は、手を差し伸べたら私まで届くはずなのに……。 誰も差し伸べない……。 誰一人私を助けようとしない……。 息子は踵を返し、信号待ちをしている人ごみの中へと消えていく。 「……どうして?」 もしかして、私の今までの行為は、悪だったの? この世界のルールが、それを悪と決めたの? 私にとっては、当たり前の事だったのに……。 一度私に夢を見させて、どん底に突き落とす……。 なんて…… なんて、愚かな世界……。 今では、あの時の…… あなたが差し伸べてくれた、あの暖かい手に触れた時の…… あの感触が…… 温もりが…… とても恋しい……。 私は…… この瞬間…… 息子にも…… 見捨てられた……。 この世界で最後に聞いた音……。 悲鳴と怒号が入り交じる人々の叫び声……。 そして…… 間近に迫ったトラックが、急ブレーキをかけた時のタイヤが軋む甲高い音……。 この世界からいなくなる瞬間。 瞳を閉じて瞼の裏に見えたもの。 それは、愛する我が子の顔。 動物園でパンダに向かって無邪気に笑う…… 小学生の息子の顔。 私が追っていた青年の顔に…… 息子の面影は、一切なかった……。
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